祈り

冴えないティーンエイジャーでした。

もともと「祈り」はそんな頃のことを思いながら、まだ私たちが歌作りをはじめて間もない頃に作った歌なのですが、いろいろなご縁の中で、原詩とは違う、あかるく希望のある歌詞をいただいて、別タイトルの歌になっていました。

ところが偶然のことから、原詩がコロナ禍の今の状況に似ているという言葉をいただき、初めて原詩をメロディにのせてみました。

それが「祈り」という歌です。

でも、そんなことがあり、吹き込みをしながら、冴.えない女子だった頃の自分と、元気さんがパーキンソン病になって落ち込んでいた頃の自分たちと、そして今のコロナ禍の共通点について、最近つらつらと思っていたのですが、今朝、夜明け前に見たn.aosoraさんのインスタグラム、そしてその中でのn.aosoraさんとスミピーさんのやりとりに同じような気持ちが書いてあって驚きました。

かなしみや災いは、何度も形を変えて、私たちの人生に現れるものなのかもしれませんね。

でも、n.aosoraさんの書かれていた「人生は変わっていくし、人生が変わっていくと、過去も一緒に変わっていく」ことを、おばさんになった私は知っているし、スミピーさんが書かれているように、絶望のときがあったとしても、「子供の頃の自分の笑顔の写真を改めて見ると、なんだか腑に落ちるというか、この頃があって、この頃生きていたから、生かしてくれる人がいたから、今があるんだな。なーんだ、笑ってるじゃんと」という気持ちにたどり着けることを私たちは知っています。

きっと、このコロナ禍も、いつか「一緒に変わっていく過去」になりますように。

 

                            (写真、鳥平二郎さん)(きなこ)

 

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