RDDin広島

昨日、広難連主催RDD(希少・難治性疾患の日)in広島が、開催されました。

世はコロナ騒動で、イベントは中止、延期だらけ。

学校も休校。

その中で決行をお決めになった広難連の会長はじめ執行部の皆さんには、たいへんなご心痛と、逡巡と、強い思いがあったことと想像します。

パーキンソン病友の会も広難連の加盟団体ですから、わたしたちもマスクをして、もう一人のパーキンソンの会員さんと3人で参加させていただきました。

会場入口にはアルコール除菌液が置かれ、マスクをしていない参加者にはマスクが配られて開会しましたが、それでも参加者は、やはりかなり少なめでした。

 

司会は、ご自身も難病を抱える聡明で快活な女性Aさん。

きびきびと、いつもと変わらず的確に準備の指示を出してくださるその明るさに、うれしさと尊敬を感じながら、わたしも机を並べたり、ポスターを貼ったりと準備をしました。

「皆さん、マスクをお願いしますね。それからトイレから戻られたら、もう一度アルコール除菌をしてくださいね」とアナウンスがあり、開会しました。

 

2月29日は世界希少・難病の日難治性疾患の日だそうで、世界一斉、各地で会合を開催しているそうです。

今回、東京都でのRDD開催が延期になり、急遽、ご家族で駆けつけてくださったというきれいな事務局の女性のお話では、コロナのことで各種会合が中止や延期になっていますが、RDDについていえば、全国の半分の会が実施に踏み切ったそうです。

そうなんだ。

少し驚きました。

稀少難病は、読んで字のごとく、患者さんの数がとても少ない難病のことです。

数が少ないという事は、薬の開発も遅れ、同じ病気の患者さんに出会う機会も少ないということです。

229日は、そんな稀少難病のことを知ってもらいたい、仲間に出会いたいという大事な日です。

この状況の中で、半数の会が実施したことに、大きな思いを感じました。

 

今年のRDDin広島も、とてもあたたかいものでした。

今回は、希少難病の当事者と当事者の父親の二人が体験発表をしてくださいました。

最初の方は、インドネシアの方と結婚され、現在、治療のために広島に里帰りし、大学病院で治療をなさっているという女性でした。

一昨年の広島水害のとき、ご家族3人で広島に帰国されていて、インドネシアに帰ろうとされたちょうどそのときに豪雨水害が起こり、そのことと因果関係があるのかないのか、突然歩行困難になられたのがはじまりだったそうです。

ご主人様は、インドネシアのお医者さんだそうですが、奥様の病気は希少難病ゆえに、病状の微妙なニュアンスを伝えるにはやはり母国語が通じる日本の病院で治療したほうがいいというご主人さまのアドバイスで、広島の病院で治療をされているそうです。

「一番のストレスは、インドネシアに帰れないこと」と、「インドネシアに帰る」という言葉を何度も繰り返されながら、国を隔て家族と離れて治療を続けることの不安とストレスについて話してくださいました。

 

もうひとりは、小学生の希少難病患の娘さんを持つお父さんの発表でした。

もともとエンジニアだったそうですが、お嬢さんのご病気がわかって、家族で一緒に闘病できるようにと、福祉関係の仕事に転職なさったそうです。、

難病の兄弟を持つ子供の複雑な気持ちにも触れながら、お話をしてくださいました。

家族の中に1つ与えられた病気が、本人だけでなく、兄弟の心のありようや性格形成にも影響を与えることに胸が痛くなるとともに、ご家族皆でお嬢さんを支えようという強い思いと意志と愛情を感じました。

どちらの方のお話も心に届くものでした。

 

会の後半は司会のAさんが、発表者だけでなく会場参加者の方々にもマイクを向けながらの意見交換会でした。

彼女がマイクを向けた先には、今日初めて難病連の会に参加したという希少難病の方もいらっしゃいました。

一昨年、ただ一人のご兄弟が亡くなり、昨年はお父様が亡くなり、自分はたった一人で希少難病と向き合っています、と話されました。

斜め後ろでとつとつとお話になっている人の方を、私は振り返ることができませんでした。

Aさんは

「稀少難病にお一人で立ち向かうことは、たいへんなことだろうと思います。

これから広難連のいろいろな会に参加なさって、病気は違っても皆さんにお出会いになって、いろいろな方のことを参考になさってくださいね」

と言われました。

Aさんだから言えるあたたかいアドバイスと感じ入りながら、うかがいました。

 

中止、延期と、多くのイベントが中止になっています。

反論の余地はなく、コロナの撲滅、封じ込め対策は優先されるべきでしょう。

でも、昨日の会に参加して、中止の陰で、取りこぼされているものもあるんじゃないかな、と感じました。      (絵、マコリー田阪誠さん)(きなこ)

 

 

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コメント: 4
  • #1

    スミピー (日曜日, 01 3月 2020)

    げんきなこさん、こんにちは。
    コメント失礼します。
    確かに色々なご意見はあるでしょうけどそれでも会長さまをはじめ執行部の方がご心痛な想いやそれと葛藤されてまで貫かれた強い意志に勝手ながらこの会の大切さがうかがいとれました。
    そして文章を読み進めるうちに、当事者の方々にとってどうしても失くすことのできない会であるのと同時に今回のコロナウイルスの影響でその失くすことのできないものがたくさん様々な場所で失われてるんだなぁと、きなこさんの想いが綴られた最後の一文と共になり胸が痛みました。
    どうか日本中、世界中から一日も早くウイルスの恐怖や不安が消え、平穏が訪れますように…

  • #2

    きなこ (日曜日, 01 3月 2020 21:32)

    スミピーさん、こんにちは。
    コメント、ありがとうございます。
    そうですよね。
    わたしも、昨日の会に参加して、反論の余地なく正しいものの陰には、犠牲になっているものもあるのかも、と感じました。
    ではどうしたらいいのか、と言われたら、私もわからないのですが。
    でも、大きなものの陰になっているものがあるかも、と思っていれば、また再び戻ったときに、そのことをフォローすることもできるのかも、と思ったりもします。

  • #3

    スミピー (月曜日, 02 3月 2020 09:50)

    きなこさん、お返事ありがとうございます。
    そうですね。通常に戻ったときまで失くしかけたものやそれぞれの気持ちを大切にしておけばまた再びフォローできるかもですね。

    ところで、話は少しずれてしまうのですが…
    今回のこちらの絵はこれまたお知り合いの方が描かれたものですか?それとも有名な画家さんの絵??いやいやはたまたお知り合いの有名な画家さんの絵ですかね???
    芸術に疎い僕ですがなぜかこの絵が気になって仕方ありません(>o<)

  • #4

    きなこ (月曜日, 02 3月 2020 20:40)

    スミピーさん、よくぞお尋ねくださいました。
    素晴らしい絵でしょ!
    マコリー田阪誠さんは、まだ40代半ばなのですが、20代でパーキンソン病を発症されて、病歴が20年になる患者さんです。
    すばらしい絵なのですが、絵を描きはじめられたのは7,8年前だそうです。
    誰に教わったわけでもなく、オリジナルでこの境地をお開きになったそうです。
    この絵も、一見、油絵に見えますが、水性ペンキやクレパスなど、さまざまな画材を組み合わせて描かれているそうです。
    これからも、マコリー田阪誠さんの絵をたくさんご紹介したいと思いますので、
    ぜひ楽しみにしていてくださいね!