山ひとつ

「グレートトラバース」の続きです。

 

断腸の思いで、三瓶山麓の民宿をあとにした田中陽希くん。
目指す次の山は、三瓶山の南に位置する吾妻山。
田中君は、島根の三瓶山から中国山地を越えて、広島に向かいます。

撮影のときは早春。
三瓶山麓ではかたく閉ざしたままだった新芽も、広島に入ると芽吹いたものもあり、中国山地を越えると風景も変わります。
しかし、田中君がショックを受けたのは、「三瓶山から来ました」と言っても、ほとんど誰も地震について関心を示さないことでした。
山ひとつ越えただけで、こんなにも違うことに「田中は戸惑っていた」と、ナレーションは告げます。

 

それはもちろん、広島の人がつめたい、という意味ではありません。

歩いていけるほど近いのに、山ひとつ隔てただけで地震の影響がほとんどない日常が広がっていること。

山の向こうのことを互いに知らないことに、「田中は戸惑っていた」と言っているのでしょう。

山ひとつ。

距離ではない隔たりを作り出すもの。
それもまた『自然』の非情な厳しさなのでしょう。
                            (写真、yama-p)(きなこ)