誤字

来年4月、お花祭りにご縁をいただいている島根県の成福寺のご住職さまから、ゆうメールがとどきました。

あっ!と、ドキドキしながら開いてみれば、やはりそうです!

青い封筒から出てきたのは、月刊誌「御堂さん」でした。

 

「成福寺に、いらしてください」とお声かけいただいて以降、ご住職さまが執筆なさったご本を送っていただいたり、わたしたちのCDをお聴きいただいたりしながら、何度かお手紙やメール、それから1度だけお電話でもお話しをさせていただきました。

そんな中でご住職さまから、

「わたしが「癌を生きる」というタイトルで毎月連載をしている「御堂さん」という月刊誌に、げんきなこのことを紹介してもいいでしょうか」

と、ありがたいお声かけをいただきました。

元気さんがこのブログに書いた「しあわせ量保存の法則」に共感くださって、それを紹介したい、と言ってくださったのです。

 

「掲載は、12月号になります」とおっしゃられていたので、1週間前くらいから、そわそわと待っていたのですが、ついに到着した封筒をあけると、皺のないピカピカの雑誌とお手紙が入っていました。

 

入院先からのお手紙でした。

心配しながらも、でも直筆の文字はいつもと変わらず力強く美しいのに心が晴れるお手紙でした。

「12月号が届いたら、げんきなこに送るから、すぐ持ってきてほしい」、と奥様の坊守さまにお願いしてくださっていた月刊誌を、坊守さまは

「ジャーン、お待ちかねのものを持って来ましたよ」

と、そのためだけに届けてくださったそうです。

「しかし、いまひとつ心が弾みません」

とお手紙は続いていました。

文中に誤字があったそうなのです。

 

私も、「御堂さん」を開いてみました。

げんきなこについてご紹介くださったありがたい文章の最後のあたり、ボールペンで文字が修正してありました。

阿弥陀さまのお働きについて、「普照」、すなわち「あまねく照らす」という意味で、「普」の文字が使われるはずが、別の文字になっていました。

 

恥ずかしいのですが、わたしは「普」という字が「あまねく」と読むと、このたび初めて知りました。

ご住職様が訂正してくださらなければ、誤字だと気がつきもしなかったでしょう。

 

久しぶりに漢和辞典をめくってみました。

あまねく

広く行き渡る

と書いてありました。

 

驚きました。

普通って、あまりいい言葉だと思っていませんでした。

ありふれている。

どこにもある。

平凡な。

そんなイメージでした。

でも、「普通」って本来は、「あまねく行き渡り、届いているもの」という意味なのですね。天から光が降り注いで、すべてを照らすような、そんな素敵な言葉なのですね。

私の中の「普通」の意味が、変わりました。

「普」というはんこを作って、あちらこちらの大切な場所に押したいくらい、いい文字なのですね。

 

長い文章の中の、たった1字。

誤字でなければ気にとめることはなかったし、ご住職さまが訂正してくださらなければ、誤字だとも思わず通りすぎていたでしょう。

ハプニングと誠実なお気持ちのおかげで、素敵な漢字とのご縁をいただきました。

                       (写真、yama-p)(きなこ)

 

♪写真をクリックしたら、「さくら降る」をお聴きいただけます。

https://www.youtube.com/watch?v=lslW9lddNs8&feature=youtu.be

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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コメント: 2
  • #1

    しゅうじ (月曜日, 03 12月 2018 08:26)

    おはようありましたのんた。

    私、仏教徒でも何でもありませんが、子供の頃、よくお経を聞かされ、今でも覚えているフレーズ!がいくつかあります。
     願わくは この功徳を以って 普く一切に及ぼし 我等と衆生と 皆共に仏道を成ぜんことを
    これは読経がどのパートでも、いつも決まって最後に読まれていたのでよく覚えています。
    あと、私仏教徒でもないのに修行みたいなのに参加させられ(寝台列車あさかぜや新幹線に乗れたので行ってただけですが)、その聖地的な場所も
     「普門館」
    と名がついてました。その当時はその意味など当然理解していませんでしたが、、、
    最近の話でいうと、仕事ではいつも、
     普遍
    を追い求めています。
    「普」って、よく使う「それ普通」の「普」じゃないですね。

  • #2

    きなこ (月曜日, 03 12月 2018 11:41)

    しゅうじさん、なつかしい言葉を思い出させてもらいましたよ!
    「おはようありましたのんた。」
    岩国ではそのように言われていたのですね。
    大島では「のんた」ではなく、「のーた」という感じでした。
    「おはようございますのーた」
    「おはようありますのーた」
    のーた、は、今はほとんど聞くことがありませんよね。
    「じゃけえー」とか「ちゅうて」とか、わたしは方言を日常的に使っているようで、同じ山口県人のはずの元気さんから「方言、凄いね」と言われているのですが、「のーた」は言わないです。
    でも、聞くととてもなつかしい。
    言葉と一緒に、優しかった祖父母のことが思い出されて、今朝も心がワープしました。
    ところで、「普」の字のこと。
    コメント読ませていただきながら、感心してしまいました。
    すぐさま、これだけのことを思われるなんて、しゅうじさん、凄いな、と思いました。
    と同時に、「普」って、やはりそれだけ私たちの身近にあって、力をもった言葉だったんだ、まさに「あまねく言葉」だったのだなあ、と感じています。
    やはり、ハンコ作りましょうかね!(笑)