希少価値

幼稚園には、お弁当をもっていっていました。

お茶だけは幼稚園でもらっていました。

お弁当の時間になると、お当番さんがカネ製のカップを配り、その後で、先生が大きなヤカンでお茶をついでくれました。

取っ手がひとつ付いたカップは、ほとんどが金色でしたが、いくつかだけ、薄いブルーのカップが混じっていました。

形はまったく同じ。

でも、ブルーのほうがとびきり素晴らしく思えて、カップを配る時間になると、わたしたちはみんな、ブルーのカップが自分のところに来ないかと、当番の手元を、じーっと見ていました。

ブルーのカップを自分に配ってもらうために、ワイロも横行していました。

きれいな千代紙とか、ビー玉とか、そんなものをお当番の子にあげて、「私にブルーのカップ配ってね」とお願いするのです。

 

小学校になってからは、給食の飲み物は牛乳になりました。

牛乳は、紙のふたがついたビン牛乳でしたが、ほとんどが透明なビンに赤色で絵や文字が書かれたものでしたが、少しだけ青色のビンも混じっていました。

みんな青色の牛乳がほしくて、やはり争奪戦が起こりました。

ところが、何年かしたら牛乳ビンがモデルチェンジして、今度は青色ビンがほとんどで、赤が少しになりました。

すると、「赤い牛乳のほうが味が濃い。青いのは、水が混じってる」と、誰ともなく言いだし、赤い牛乳のほうが人気になりました。

 

小学校の水泳実習では、みんなで隊列を組んで、湾を一周泳いでいました。

遠泳の途中で、小船に乗った先生がみんなに「カンロ飴」を1つづつ配ってくれました。

それを立ち泳ぎをしながら自分で皮をむいて口の中に放り込むのですが、そのカンロ飴の皮にも、黄色い皮と茶色い皮があり、少ない茶色いの方が人気でした。

カンロ飴は、今でも同じものがお店に並んでいています。

三つ子の魂百まで。

カンロ飴が差し出されると、今も迷わず私は茶色いほうに手を伸ばしています。

                       (絵、安本洋子さん)(きなこ)

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https://www.youtube.com/watch?v=hEDIN2GTibw&feature=youtu.be