2019年

9月

13日

平成の絵師、大上克己氏展覧会のお知らせ

大上克己氏展覧会のお知らせ

 

患者会における私の兄貴的な存在である大上克己氏が

ライフワークとされている似顔絵の展覧会が大阪の地で開催されます。

場所は阪神タイガースファンが優勝時にお約束のごとく決行される

道頓堀川ダイブのすぐ近くとのことです。

 

 

 

大上克己氏テーマソング似顔絵ラブレターと合わせて紹介させていただきます。

似顔絵ラブレター

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2019年

9月

09日

アメリカ

子供が小さい頃、工作教室に通っていました。

2歳とか3歳の小さな子供を対象とした教室だったので、子供が工作するというか、お母さんがそばにいて、手伝いながら一緒に工作をする、という感じの教室でした。

 

その中に、少しやんちゃな男の子がいました。

人の作ったものに触ったり、先生が言われたことをしなかったり。

周りから見れば、それほど問題な子だとは思えない、ただのやんちゃな男の子で、たいして悪いことはしていなかったと思うのですが、子供の工作ですから、その子が少し触っただけで壊れることもあり、いつもお母さんは一生懸命謝っていました。

 

男の子のお母さんは、その子とは全然タイプが違う、おとなしくて、気兼ねしいのお母さんでした。

男の子が何かするたびに、「ごめんなさい」「すみません」と、こちらが申し訳なくなるくらい小さくなって、一生懸命謝るようなお母さんでした。

そんなに謝らなくても、と周りはみんな思っていたのですが、あるとき、いつものように一生懸命謝った後、「もし、どうしようもなくなったら、この子と二人でアメリカに行って暮らそうと思っています。」と言われました。

「そんな風に思わなくても」と言ったのか、どう言ったのか。

そのとき自分が、なんと答えたか覚えていないのですが、ただびっくりしたことだけを強烈に覚えています。

 

 

でも、それ以来、私の中で、なにか困ったこと、つらいことがあると、「アメリカに行けばいい」とふわんと思うようになりました。

一度もアメリカに行ったことはないけれど、英語も話せないけれど、アメリカは、わたしにとってそんな国になりました。

 

 

東京で暮らしていた頃の話で、あれからそのお母さんにも男の子にも会っていないので、その男の子が、今、どんな青年になったのか知りません。

まさかほんとうにアメリカには行ってないと思いますが、あの親子さんから、なにか小さな希望の種のようなものをもらったような、そんな気持ちがすることもあります。

                  (写真 しゅうじくん)(きなこ)

 

 

 

 

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2019年

9月

03日

帽子の話

「花の道」のプロモーションビデオが好評です。

花の写真がとてもいいね、と私たちにもメッセージをいただいています。

「花の道」のプロモーションビデオは、元気さんがタイトルにあわせてほとんどを花の写真で編集したのですが、ビデオの一枚目だけは、花ではなく、帽子の写真です。

帽子に添うようにアイビーが置かれた麦わら帽子。

もちろんこれも、ジュリエットさんが撮影された「帽子」です。

 

「子供が幼稚園の頃かぶっていた帽子のリボンだけ取り替えて、私の帽子にしています。」と書かれたメールの添付をひらいたら、この写真があらわれました。

 

我が家の押入れにも、子供たちの幼稚園帽子が眠っています。

たくさんのものを処分しましたが、帽子だけは処分できずにしまっています。

ジュリエットさんが写真を送ってくださったとき「同じですねえ。私も帽子は捨てられなくて、しまってあるんです」とお返事したように思いますが、考えてみれば、同じようで違うことに気がつきました。

 

押入れの中の帽子は、過去の思い出の品。

でも、リボンを取り替えてかぶれば、今の時間をともにする現役の相棒です。

帽子をかぶれば、かわいかった姿、うれしい気持ちを折々に思い出すことでしょう。

 

一手間。

でもそれが愛情なのかも、と気がつきました。

                       (写真、ジュリエットさん)(きなこ)

 

以下をクリックすると「花の道」のプロモーションビデオをご視聴いただけます。

 

https://www.youtube.com/watch?time_continue=1&v=-omNwAtcrYw

 

 

 

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2019年

9月

02日

翼をください

「翼をください」という歌もあるし、「翼があったらなあ」「鳥のように自由になりたい」というような話は、物語の中でも、会話でも、よく聞く話です。

ところが、最近、偶然見た二つのテレビ番組で、飛ぶことって、もともとは憧れでもなんでもないんじゃないかと感じることがありました。

 

沖縄に住むヤンバルクイナは、世界でただ一種だけ飛ばない鳥だそうです。

もともと空を飛んでいたヤンバルクイナですが、ヤンバルクイナの住む沖縄の島には狐などの地上の天敵がいないために、ヤンバルクイナは飛ぶことをやめて地上を歩いて暮らすようになったそうです。

 

また逆に、鳥ではないのにムササビやモモンガは、地上の天敵から身を守るため、木から木に飛び移って空中移動することを身につけたのだそうです。

 

私たちが自由の象徴のように感じている翼が、もともと身を守るためにできたもので、翼をもっている者からすれば、命が狙われる心配がなければ飛ばない選択をするものであることに、少し驚きました。

 

でも、弱者であるために持つことになった翼であっても、空の高いところから見る景色はやはりすばらしいのかもしれませんし、上昇気流に乗って舞い上がり、大気の流れに乗って空の高いところを旋回するのは気持ちいいことかもしれません。

 

元々はしなくてよければしないでおきたいことであったとしても、それが喜びを生み出すこともあるということなのかもしれないし、でも地上を歩くことだって、小さな花を見つけたり、芽吹きに出会ったり・・・、空からは見えない喜びがあるのかも、と思ったりしました。

                   (写真、ジュリエットさん)(きなこ)

                

 

 

 

 

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2019年

8月

31日

世界でひとつ

「ノイズキャンセリングをかけた時の周り雑踏の音がきえる感じが、なんとも不思議な感覚で、私は冷蔵庫に顔を入れた時のようでとても好きです。」

音楽と音響システムがお好きなAさんからそんな言葉をうかがいました。

 

冷蔵庫に顔を入れたときのよう

 

音が消えることをそんな風に感じる形容表現を初めてきいたので、とても新鮮でした。

世界でひとつだけの、Aさんならではの表現だなあ、と思いました。

 

 

わたし自身は、無音といえば、海やプールの中が思い浮かびます。

正確には無音ではないけれど、ずぶずぶと海に沈むと、ほの明るい水の世界の中で体が波にゆらゆらするその無音の世界が好きで、子供の頃はよく意味もなく海にもぐってゆらゆらしていました。

              (写真 yama-p)(きなこ)

 

 

 

 

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2019年

8月

30日

青空

朝、外に出たら、久しぶりに青空が見えました。

夏空、とは言えない薄い水色の空でしたが、それでも一瞬で心がうれしくなりました。

雨も嫌いではないのですが、やはり青空はいいですね。

 

 

まだ雨の予想は続いていますが、雨の合間、つくつくぼうしが鳴いています。

つくつくぼうしの鳴き声をきくと、宿題が終ってなくて「どうしよう」と焦っていた小学生の頃の気持ちを思いだします。

例年とは様子が違うけれど、カレンダーは夏の終わりですね。

                 (写真 しゅうじさん)(きなこ)

 

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2019年

8月

29日

赤いスイートピー

「団地のおうちレストランでウクレレのライブがあるから行きましょう」と、ラジオパーソナリティーのえつこさんに誘っていただき、元気さんと一緒にいきました。

 

演奏者はウクレレを始めて8年の素敵なママさん3人で、[夏の夜空]をテーマに1時間弱、歌あり、谷川俊太郎さんの歌紙芝居ありのたのしい時間を過ごさせていただきました。

 

夏の夜とは関係ないけれど、演奏曲の中に、「赤いスイートピー」がありました。

ピアノとウクレレによるインストルメンタルの「赤いスイートピー」。

口づさみたくなるのをぐっとこらえながら、うっとりきいていました。

 

 その気持ちが残っていたのでしょう。

家に帰って机に向かったら、「赤いスイートピー」の歌詞が書きたくなりました。

学生時代、授業中やテスト勉強のとき、ノートや教科書の端に好きな歌詞をよく書いてたっけ。

 

 春色の汽車にのって、海に連れて行ってよ

タバコのにおいのシャツに そっと寄り添うから

なぜ知り合った日から 半年過ぎても

あなたって手も握らない

I will follow you

翼のはえたブーツで

I will follow you

同じ青春走って いきたいの

線路の脇の蕾は、赤いスイートピー

 

 先日のブログで、一生のうちに「津軽平野」みたいな歌を作ることができたら、と書きましたが、「赤いスイートピー」も、聴くたびに、そう思う歌です。

 

 歌詞を書いてみて気がついたのですが、タイトルにもなっている「赤いスイートピー」の言葉のある最後の一行「線路の脇の蕾は、赤いスイートピー」って、それまでの歌詞の内容と、直接関係ないんですね。

それでも、それがタイトルにもなって、歌の世界を決定づけていること。

初々しい二人の物語から、ポンと話が変わったところに、二人の世界を象徴する風景を描く松本隆さんの歌詞の世界は、やはり凄いなあと感じました。

                          (写真 広島国際大学で)  (きなこ)

 

 

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2019年

8月

28日

山ひとつ

「グレートトラバース」の続きです。

 

断腸の思いで、三瓶山麓の民宿をあとにした田中陽希くん。
目指す次の山は、三瓶山の南に位置する吾妻山。
田中君は、島根の三瓶山から中国山地を越えて、広島に向かいます。

撮影のときは早春。
三瓶山麓ではかたく閉ざしたままだった新芽も、広島に入ると芽吹いたものもあり、中国山地を越えると風景も変わります。
しかし、田中君がショックを受けたのは、「三瓶山から来ました」と言っても、ほとんど誰も地震について関心を示さないことでした。
山ひとつ越えただけで、こんなにも違うことに「田中は戸惑っていた」と、ナレーションは告げます。

 

それはもちろん、広島の人がつめたい、という意味ではありません。

歩いていけるほど近いのに、山ひとつ隔てただけで地震の影響がほとんどない日常が広がっていること。

山の向こうのことを互いに知らないことに、「田中は戸惑っていた」と言っているのでしょう。

山ひとつ。

距離ではない隔たりを作り出すもの。
それもまた『自然』の非情な厳しさなのでしょう。
                            (写真、yama-p)(きなこ)

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2019年

8月

27日

グレートトラバース

朝の支度をしながら見ている「おしん」、「なつぞら」。
朝ごはん、お弁当、洗濯、夕御飯の下ごしらえなどなど、ながらで見ているのでテレビはつけっぱなし。
そのまま画面は、『グレートトラバース』『世界街歩き』と流れています。
そんなことで見はじめ、今は朝の三つ目の楽しみになった『グレートトラバース』
若い登山家の田中陽希くんが、日本の百名山を一筆書のように徒歩で制覇する旅に密着したものです。
再放送なので、田中陽希くんの数年かかりの旅を毎日拝見できるのも贅沢です。

昨日は心打たれるドラマがありました。
島根の三瓶山に登るために泊まっていた民宿を、夜中、震度5の大地震が襲い、田中くんは被災者として避難することになってしまいました。
三瓶山登頂から戻った田中くんが『ただいま』と扉を開けたのが印象的で、以前からの深い交遊関係を視聴者も感じていた民宿は、一夜で、足の踏み場もない状態になっていました。

その場に残りボランティアとして復旧を手伝うか、旅を続けるか。
田中くんもNHKのスタッフも迷われたことでしょう。
土壁が剥がれた部屋でもくもくと自分の荷物をまとめながら、『どうすればいいんでしょうね』とつぶやく田中くんの硬い表情から、大きな迷いと胸の痛みが伝わり、私たちも心揺さぶられました。

結局、残っても気を遣わせると判断した一行は出発を決めます。
複雑な気持ちを胸に抱えた田中くんに民宿のおばさんは、『これから先二年分のよ』とお守りと、それからハンカチに包んだお弁当を手渡してくれました。
こんな惨状の中、いったいどうやってお弁当を用意したのでしょう。
あまり感情をあらわにしない田中くんの小さな目から次々涙が溢れて、日に焼けた顔を背けても、ぬぐっても涙が止まりませんでした。

島根だなあと思いました。
そういう土地です、島根は。

瀬戸内の過疎の島に住む母も同じことをするだろうと思いました。
日本はそういう国だったのでしょう。

               (絵、安本洋子さん)(きなこ)

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2019年

8月

25日

見ごたえ

「久しぶりに見ごたえのある番組を見たなあ。」

本人はまったく意識していないらしいのですが、天然オモシロイAさんがボソリといった言葉に、元気さんと一緒に笑いました。

「見ごたえのある」番組。

たぶん、バラエティなんですけどね。ジャンルで言えば、この番組。

でも確かに「見ごたえ」ありました。

 

一切れ5000円の大トロを高い台の上に置いて、それを野良猫がいかにゲットするかを観察する番組です。

途中から見たので、詳細は少し違っているかもしれないのですが、場所は「猫島」と呼ばれる、野良猫がたくさんいる島でした。

 

大トロをゲットするためのチャレンジは、2つの方法で行われました。

1つ目のチャレンジは、幅跳び。

少し離れた台の上に大トロを置いて、大トロ欲しさに、猫が飛んだ距離を測るものです。

いずれかの猫がジャンプに成功するたびに、少しずつ台の距離を離すので、猫もためらったり、タイミングをはかったり、相当な覚悟で飛ぶのがわかるのですが、そんな思いをしてゲットした大トロを、自分には食べずに子猫に食べさせる母猫あり、横取りされてしまうオス猫ありで、猫のドラマも展開されました。

 

もうひとつは、高飛び。

猫がどれくらいの傾斜を駆け上れるかをみるものです。

45度から始まった台の傾斜は徐々に傾きを急にして、ついにまっすぐ、垂直になります。

高い台の上から、ぺロリとのぞいた大トロの姿を、何匹もの野良猫が見上げています。

何匹かが勢いよく壁を駆け上り、壁に爪を立てて自分の体重を支えますが、チャレンジ空しく、ズルズルと転落。

 

その中に、一匹群れから離れて木陰で休んでいた黒猫が、のそりと立ち上がり台に近づくと、いきなり垂直の壁を勢いよく、そしてしなやかに駆け上り、あざやかに大トロをゲットしました。

凄い!

 

 

いくら大トロの力をもってしても、野良猫に高飛びや幅跳びをさせるには、猫の生態について知識がなければできないことでしょうし、何より、野良猫に高飛びや幅跳びをさせようという単純な発想がいいなあ、と思いました。

 

やっぱりAさんの言うとおり、「見ごたえのある番組」を見ました。

           (写真、鶴見大学、鶴世先生&ヒデ先生記念ダンスパーティで)(きなこ)

 

 

 

 

 

 

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2019年

8月

24日

花の道

 「秋に、息子が結婚することになったんよ。

息子には、もったいないようなお嬢さんなんやけど、そのお嬢さんを、あちらのお父さんがもの凄くかわいがっていらっしゃるんよね。

それで、お父さんが娘さんを思う気持ちを歌った歌を作ってくれへんかな?」

山口弁と大阪弁がミックスしたコトバで、元気さんの同級生Mさんから、そんな話をうかがったのは、春だったでしょうか。

 

嫁ぐ娘を思う父親の歌!

ブライダルソングには、「秋桜」とか、「バタフライ」とか、「てんとう虫のサンバ」とか・・・、すぐに思い浮かぶ名曲がありますが、「父から娘に贈る歌を作って」と言われて、ウーン、と頭を抱えてしまいました。

 

娘が結婚することになったお父さんの気持ちって、どんな気持ちなんだろう・・・。

 

結婚するお二人をお祝いする大切な歌です。

プレッシャー、プレッシャー。

漬物石のような、プレッシャー!

 

元気さんは、「家庭内工業」と言って笑うのですが、私たちは家にいて、分業制で歌作りをしています。

大体の分担は、縄文の人でもしていたようなアナログなことが私で、デジタルなことが元気さんの担当です。

それで、歌詞については私が作ることが多いのですが、私の場合、映画のように、頭の中のスクリーンに物語が映し出されはじめると、歌詞が出来上がります。

たとえば「金言寺」という比較的長い歌詞の歌があるのですが、これはパーキンソン病友の会島根県支部がお誘いくださった奥出雲の旅で、金言寺の700年のいちょうと話し上手な金言寺の坊守様のお話に感動して、帰って割合すぐに出来上がりました。

 

でも、娘が結婚するときの父親の気持ちって、どんなものなんだろう・・・。

これまであまり考えたことがありませんでした。

私も結婚しているのに、思えば、親不孝なことです。

 

唸っている私を見て、元気さんが、「こんな歌があったよ」とユーチューブから聴かせてくれたのは、吉幾三さんの「娘よ」。

吉幾三さん、元気さんも私も大好きで、特に「津軽平野」は、元気さんがカラオケでよく歌うのですが、聴くたびに、なんてすばらしい!一生に1曲、こんな歌ができたらなあ、と感動します。

東北に生まれ育ち、津軽の四季、津軽の暮らしの喜びや悲しみを知っている人でなければ作れない歌だなあ、と思います。

「娘よ」は初めて聴きましたが、きっと実際にお嬢さんが結婚されるときに作られた歌なんだろうな、と感じる情感溢れる歌でした。

でも。

元気さんの心遣いはありがたかったのですが、「娘よ」を聴いて益々、私には父から娘への歌は作れないんじゃないか・・・、と心細くなりました。

 

プレッシャー、プレッシャー。

隕石のようなプレッシャー!

 

結局、同級生Mさんが何度か送ってくださった両家のご家族や若いお二人のお写真、それから何より、「あちらのお父さんが、物凄く娘さんをかわいがっておられるんよ」という一言が頭の映写機を回す鍵になって、ストーリーが動きはじめ、歌詞が出来上がりました。

 

「尾道への小旅行の帰りの車中、新曲をずっと聴いてます。

泣いてしまいますね。

「大丈夫」というコトバが、私はお気に入りですよ!」

と、一昨日、Mさんからメールをいただきました。

気に入ってくださったんだ♪

よかった♪

ホッとして、安心して、とてもうれしかったです。

 

今回のプロモーションビデオは、2年前のJPC(日本パーキンソン病コングレス)で出会い、それ以来ずっとメールでの文通を重ねていたジュリエットさんにコラボをお願いしました。

ジュリエットさんは、おじい様も、お父様も、息子さんも写真をお撮りになる代々写真家御一家で、毎回メールにジュリエットさんが添付してくださる素敵な写真を拝見しながら、いつか私たちの歌とコラボさせていただけたらうれしいのだけど、と思っていました。

その願いも叶い、「花の道」は、私たちにとっても、二重にも三重にも大切な歌になりました。

 

若いお二人のスタートに、心からお慶び申し上げます。

                          (写真 ジュリエットさん)(きなこ)

 

 

以下をクリックすると、「花の道」をお聴きいただけます。

https://www.youtube.com/watch?v=-omNwAtcrYw

 

 

 

 

 

 

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2019年

8月

23日

リハビリ入院

パーキンソン病友の会広島県支部の会報 夏の号が発行になりました。

友の会の支部長をさせてもらっている元気さんは、いつも巻頭言を書かせていただいています。

夏の号の巻頭言は、「リハビリ入院」というタイトルでした。

 

*************

 

今年の6月初旬から7月までの約一か月弱の間、通院先の病院に入院しました。目的は規則正しい生活を実践するとともに、リハビリにより症状の改善を図ることでした。

主治医からは服薬量はすでに限界に近いと言われていて、今回の入院により服薬以外でできる限り改善を図ろうと私自身も覚悟を決めて入院に臨みました。

リハビリには、理学療法士、言語療法士、作業療法士の3名の先生方から毎日指導を受けましたが、いずれの方も若く、かつ治療に対して全力投入されていることをうかがい知ることができ、私も思わず力が入りました。

リハビリを受けた直後は、おそらくドーパミンが脳の活性化に一時的に多く費やされたためか、体が一時的にオフとなりましたが、30分程度経過すると服薬せずとも再びオンに戻るという状態が続きました。

さらには、不摂生ゆえに、体重が自己最高記録を更新し続けていましたが、食事が1日当たり1600カロリーに制限され、間食は厳禁とされました。

そして、その成果は驚くべきものでした。体重約8㎏減、首下がりも改善し、さらに最もうれしかったことはパーキンソン病となり言葉が不鮮明な状態となっていましたが、うれしいことに昔の自分の声がよみがえったと実感できたことです。まさに感激の極みでした。

知り合いの医者でありパーキンソン病患者である方に、リハビリによる改善が認められたことをお話ししたところ、現在制定されている.パーキンソン病治療にかかるガイドラインは、症状の進行度合いと服薬量、種類に関してであって、リハビリも含めたガイドラインが制定されることを願っているとのことでした。早速その旨を理学療法士の先生にお伝えしたところ、「大いに賛同します。じつはかねてよりパーキンソン病と診断されたその日からリハビリを開始してほしいというのが自分の思いです」と語られました。

おかげさまで、大変ありがたい治療を施していただきました。

大事なのはこれからの日々の療養生活です。

毎日自分自身と向かい合いながら、生きていきたいと思います。

                                (写真  yama-p)(元気)

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2019年

8月

22日

目印

どうしてこれほど・・。

言葉がないほど、一人の人に続けて困難や悲しいことが続くことがあります。

それでも泣くこともなく淡々と話される、弱弱しいお声をききながら、生きるってなんだろう、神様ってなんだろう、と、甲斐のない疑問を頭に巡らせながら、何ひとつ解決できない自分の無力を感じています。

 

「青い鳥」のお話の中に、「私は世の中で一番不幸な者になって生まれてくるから、どうか私を見つけて」と言う女の子が登場します。

チルチルとミチルが、青い鳥を探して、様々な国を旅するのですが、これから生まれてくる子供たちがいる国に、片時も離れない仲良しの二人がいて、そのうちのどちらかが地上に生まれることになり、二人が離れ離れになるときに女の子が言った言葉です。

 

何も、世の中で一番不幸な者になることを自分の目印にしなくても・・・、と、その愛の深さに驚いて、ずっと心に残っています。

 

立て続く困難や悲しみが、なにかすばらしいものに出会うための目印でありますように、と心から願っています。

                    (写真 yama-p)(きなこ)

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2019年

8月

21日

財宝

あの下には財宝があるに違いない。

虹が出ている間だけ。

と書いてありました。

虹の写真に添えられたキャプションです。

根元までしっかり虹がかかっています。

 

 

我が家の窓から、瀬戸内海が見えます。

海と知らなければ、湖にしか思えない水の面のひとところ、きらきらきらきら、さざなみが立って煌いている日があります。

また元気さんの夜釣りについていくと、風のない晩には、月の光にきらきら海面がきらめいて、光溜りのように、そこだけ輝いている場所を見ることもあります。

それを見るたびに私も、あの下には、宝物があるにちがいない、と思ったり、竜宮城があるのかも、きっとあの光の中で、人魚が遊んでいるのだろう、と思ったりしていました。

同じようなことを思う人がいるのだなあ、とうれしくなりました。

               (写真、しゅうじさん)(きなこ)

 

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2019年

8月

19日

特技

「わたし、特技があるんよ」

電話でK子さんが言われました。

パーキンソン病の患者さんだけれど、もともと体育の先生だったK子さんが、10月にパーキンソンの卓球大会に出場すると言われていたのを思い出して、

「卓球?」

とたずねれば、

「違う、違う。あれは趣味。

わたし、その人が何人兄弟とか、兄弟か姉妹かを当てるのが得意なんよ。」

「エーッ!そんなのわかるの?!」

「うん。昔から、なんとなくわかるんよ。」

そういって、

「ちなみに最近知りあったCさんは、男兄弟で、B型だと思う」

と言われました。

 

Cさんは、私も知っている方です。

K子さんに言われて、わたしもCさんの兄弟関係について想像してみましたが、全然わかりません。

でも、あえて想像するなら、妹さんがいらっしゃるかなあ、と思いました。

 

数日後。

K子さんから電話があり、

「やっぱり男兄弟だったよ!そして、B型」

と言われました。

電話口で、絶句しました。

 

兄弟関係は環境。

血液型は生まれ持ったもの。

それが、今の性格を形作っていることは、想像はできるけれど、でも、それをズバリ当てるなんて、凄いことです。

驚きました。

 

ちなみに、元気さんはお姉さんがいるA型で、私は弟がいるB型です。

                      

 (写真 NPO法人パーキンソン病支援センター主催の京都ライブで、永井加代子先生に指導していただき「げんきなこ体操ダンス」を皆さんと一緒に踊っている様子)(きなこ)

 

 

 

 

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2019年

8月

16日

スゴイ人

パーキンソン病です、と告知されたときの患者さんの反応は、私の知る限り大体2つに分けられるような気がします。

  

1つは、ズーンと落ち込むケース。

元気さんもこのタイプでした。

 

 

2つ目は、ホッとするケース。

パーキンソン病は、なかなか診断がつかない病気で、本人はしんどいのに、病名がつかないために周囲からしんどさが理解されず、長い間、その無理解に一人苦しむ場合が多くあります。

 

家族の無理解については、元気さんもそうでした。

私も「男性の更年期」かと思い、気の持ちようよ、なんて思っていました。

今思うと、かわいそうなことだったと思うのですが、わたしのような人は意外と多く、ご本人にとっては、無理解の悩みが大きかった分だけ、パーキンソン病であったという深刻さより本当に病気だったんだ、晴れて汚名を挽回できるということのうれしさが勝り、病名を告げられたときホッとした、という方も意外と多くいらっしゃいます。

 

 前者が9割、後者が1割、くらいかと思います。

 

 でも、Aさんは前者でも後者でもなく、こんな反応は初めて聞きました。

「私は鈍いんかな。パーキンソン病ときいても、全然落ち込まなかったよ」

「え?どうして?」

「告知されたとき、2人の子供も成人して、とりあえず私の役目は終ったと安心していた時期だったしね。

もちろん、明日死にます、と言われたら、私も落ち込んだよ。

でも、パーキンソン病はすぐに死ぬわけじゃないし、病気と闘うという目標ができた、と思ったのよ。」

 

 驚きました。

それはそのとおりなのです。

パーキンソン病に限らず、進行性の病名を告げられた人は、今のしんどさに落ち込むのではなく、自分の将来を悲観して落ち込むのでしょう。

冷静に考えれば、どんな人でも、将来の自分を知っている人はないのだから、パーキンソン病患者さんだけが、将来の自分を想像して、今落ち込む必要はないのですが、人間はそのように合理的にはできていないので、やはりほとんどの人は告知されれば落ち込みます。

 

Aさんは、私が知るなかで突出して友達が多い人です。

一見、平々凡々な人生を歩いてきた気さくな人に見えるので、みんな心安くAさんとおしゃべりしていますが、うかがってみると、お若いときから、いくつもの困難や死別があり、それを乗り越えてきた方でした。

主婦として家族を大事に思い、まわりの人たちとの絆を大切にしながら人生を送ってきた方でした。

Aさんの人生の出来事をうかがった上で「子供も成人して安心した」というAさんの言葉を思い出すと、その安心がどんなに深い言葉かを思うのですが、きっとそんな人だから、告知されたとき「目標ができた」なんて、そんなスゴイことを思えるのだろうな、と感じています。

 

 スゴイ人は、「普通」の顔をしているのですね。

                            (絵、安本洋子さん)(きなこ)

 

 

 

 

 

 

 

 

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2019年

8月

13日

「物」は意外とあなどれません。
なんてことないものだった「物」が、その後日々思いをもたらす「物」になったり、捨てられない「物」になったり、そんなことがありますよね。

よその人にはただの「物」。
でも自分にはその後ろに思い出の風景が見える「物」。
そんな「物」が誰にでもあるのでしょう。
私にも幾つかそのような「物」があります。

我が家の食器棚には祖母が使っていた器がいくつか並んでいます。
祖父母には子供がなく、私の父母が養子に入り、あとを継ぎました。

島で呉服屋をしていた祖父母は、孫の私にはとても優しかったけれど、自分たちの流儀を通す厳しい人でもあり、父母の前にも二組の夫婦が養子に入り、縁組み解消したと聞いています。
料理上手だった祖母は、お向かいの子を連れてきて魚の身をむしって食べさせるほど子供好きだったのに自分たちには子供が出来ませんでした。
子供のいない分、人を呼んで振る舞いをしたり、旅をしたりして、夫婦の生活を楽しんだようです。
今思い出すと仲の良い祖父母でした。
蓄音機やたくさんのレコード、扇子や三味線などとともに、幾揃えもの器を残して、一年違いで逝きました。

食器洗浄機にかからない、普段使いには向かない器の幾つかが、今、祖母の食器棚から私の食器棚に引っ越して並んでいます。
この器には、いつも酢の物がよそってあったな。
このお茶碗は、祖母と母が使っていたな。

いちいち言わないけれど、器を取りだしよそうたびに、かすかに、確かに、思い出は立ち上がって、チクリと心を、甘く痛くするのです。

 

今年もお盆がやってきました。

               (写真、しゅうじさん)(きなこ)

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2019年

8月

12日

なつぞら

毎朝、「なつぞら」を見ています。
NHKの朝ドラです。

ドラマは今、結婚ラッシュ。

幾組ものカップルが誕生しています。
今日は主人公なつ(広瀬すずさん)の兄、才太郎(すみません、ちょっと役者名がわかりません)がサプライズで年上の「マダム」と結婚を発表しました。

 

妹のなつが驚く。
戦争浮浪児だったなつの兄を引き取り育てていた「かーちゃん」(山口智子さん)も驚く。
マダムに憧れていた社長(リリーフランキーさん)も驚く。

 

それぞれの立場で才太郎を愛していた人が、驚き、戸惑い、ちょっと寂しく思い…、でもその複雑な気持ちを心の中ですべてミックスして、「おめでとう!」と乾杯のグラスをカチンと空に重ねる。
画面に「つづく」の文字が出たのを見終わったとき、心が温いものでいっぱいになっていました。

みんな素晴らしい役者さんです。
主役も脇役も関係なく、それぞれが演じる人物の立場、気持ちを理解して、違う「おめでとう」を表現されている。
脇役の方それぞれの人生も感じさせる丁寧な脚本も素晴らしいのでしょうね。
今朝もいいものを見せてもらいました。

              (写真 yama-p)(きなこ) 

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2019年

8月

09日

リリーの桃缶

スーパーの陳列棚に懐かしい缶詰を見つけました。
リリーの桃缶。
小さい頃の記憶と同じラベル。

深緑と白下地に、桃の絵が描いてありました。

値段540円。

国産白桃、と缶に書いてあります。

缶の中には半分に割った桃が入っていたと思うのですが、一体何切れ入っていでしょう
缶詰は安いというイメージがありますが、リリーの缶詰、意外といいお値段です。

 

 

そういえば、小さい頃の記憶の中のリリーの缶詰は贈答品の箱の中に並んでいました。
お客様が帰られると、弟と二人で応接間に走っていって、手土産の包みをビリビリあけて、中を見るのが楽しみでした。
蓋を開けてガッカリする場合もありましたが、缶詰セットは子供にはウレシイものでした。
リリーの桃缶はるさめみたいな緩衝材にくるまれて、大事なお姫様みたいに箱に納まっていました。

桃缶がわたしにとって特別な缶詰なのは、もうひとつ理由があります。
中学生だったかの頃読んだ漫画の中で、登場人物が桃缶を食べるシーンがありました。
熱のために食欲のない人に

何が食べたい?何でも言って

と尋ねると、その人は

桃の缶詰と答えました。

 

ベッドの上の人が食べる桃缶のおいしそうだったこと!
タイトルもストーリーもすっかり忘れましたが熱でほてった人がなんともおいしそうに冷たくて甘い桃を食べていたそのシーンが印象的で、以来桃の缶詰は私にとって、ミカン缶やチェリー缶と違う、特別な缶詰になりました。
私自身は、熱ときは、桃ではなく擦りおろしりんごを食べていたのですが。

リリーの桃缶今でも同じ味かな。

                         (写真は、ジュリエットさんお手製の梅干)(きなこ)

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2019年

8月

07日

眠れぬ夜に

昨日は、山口県平生町人権教育推進協議会・平生町教育委員会主催の人権学習講座にお招きいただきました。
ドンピシャリ、タイミングが合ってしまった台風の山口県最接近の時間だったにもかかわらず、用意された座席いっぱいの方がいらしてくださり、一緒に一時間半の時間を過ごしてくださいました。

今回のご縁は、昨年この会の講師をされた元気さんの同級生のKさんがつないでくださったものですが、そのKさんがお忙しいなか来てくださったのも、うれしいことでした。

主催の先生方も、いらしてくださった皆さんも気持ちのいい方ばかりで、今回もあたたかい1日をいただきました。

寝苦しくて珍しく眠れない夜は、色々なことを思い出します。
げんきなこの活動も6年が過ぎました。
最初の頃は歌を聴いてくださるところもなくて困っていました。
そんなとき、ありがたいことに24時間テレビローカル枠に山口放送さんから声をかけていただきました。
そういえば24時間テレビ当日もぴったり台風でした。

 

打ち合わせで初めてお会いしたディレクターさんは、
「当日は、会場で生で歌ってください。同時に、二人の生活の様子を短いドキュメンタリーにまとめて放送したいので撮影させてください」と言われました。

日をあらためて、家での様子、元気さんが魚釣りをする姿などの撮影が行われ、さらに

「山口県の会場で行われるげんきなこのライブの様子を撮影させてください」

と言われました。
ところが。

ディレクターさんが言われた期日までに、私たちには山口県でのライブの予定がなかったのです。

その頃は広島西医療センターの療育指導室の先生方にお声かけいただいた[にっしーくんの歌声サロン]という集まりに、毎月一度、行かせていただいているだけでした。
どうしよう・・・。
私たちの悩みを知って、広島西医療センターの先生が声をかけてくださり、急遽、姉妹病院の山口県柳井医療センターで歌を聴いていただけることになりました。
出来上がった番組の中では、大歓迎で招かれたゲストみたいな顔でうちわを振る二人が写っていますが、実は広島西医療センターの先生がお骨折りくださり、柳井医療センターの先生がお許しくださった、押しかけ女房ならぬ押しかけ夫婦、無理矢理作っていただいたステージでした。

今まで6年。
眠れぬ夜に、徒然と思いを巡らせば、さまざまな人にあたたかい気持ちをいただきながら過ごしてきたのだなあと、ああ、私たちはこの感謝の気持ちをちゃんと伝えてきただろうかと、夏の夜の中、寝返りをうちながら、ありがたさにさらに目は冴えていきます。(きなこ)

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2019年

5月

18日

鹿児島県支部主催 遺伝子治療講演会のニュースが、アップされました。

ゆっこさんもコメントに入れてくださっていましたが(ありがとうございます!)、パーキンソン病友の会鹿児島県支部主催、遺伝子治療講演会を取材してくださった南日本放送のニュースが、ネットで見られるようになりました。

 

https://www.mbc.co.jp/news/mbc_news.php?ibocd=2019051700035843&ap=

 

アップされているのは、テレビニュースそのものではなく、それを文章化したものですが、3人の患者さんを取材して、パーキンソン病の症状のこと、患者さんの思いなどを丁寧に伝えてくださっています。

ニュースというより、特集に近い感じがしました。

きっと、鹿児島の皆さんの熱意が、南日本放送さんに伝わったのでしょうね。

 

宮崎のアンパンマンさんからも、「見られるようになりましたよー!」と、はずんだお声で連絡いただきました。

皆さん、ぜひ、ご覧ください。

 

                 (写真、ジュリエットさん)(きなこ)

 

 

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2019年

5月

16日

鹿児島からの風

昨日、鹿児島のゆっこさんから、

「錦織さんの記事を、マックスを取り寄せて読みました」

と、ブログにコメントをいただきました。

そして今、なんとまあ、鹿児島のパーキンソン病友の会で開催された「遺伝子治療の講演会」に参加された宮崎のアンパンマンさんから

「南日本海放送さんが、鹿児島の講演会の様子を取材してくださいました。

ぜひ広く皆さんにお知らせください」

と一斉メールをいただきました。

 

不思議なご縁ですねえ。

なんだかうれしい気持ちです。

ご覧になれる地域の方、よかったらぜひ南日本海放送さんにチャンネルを合わせてみてください。

広島は、テレビでの視聴は無理だと思いますが、わたしは昔、時々、南日本海放送さんのラジオを聴いていたような記憶があります。

遠くから届く電波にわくわくしながら。

以下、宮崎のアンパンマンさんからの一斉送信メールです。
              (写真 しゅうじさん)(きなこ)
5月11日に鹿児島で開催された「遺伝子治療の講演会」を南日本放送MBCが
本日、5月16日 木曜日のニュース番組(18:15~)で放送してくれることになりました。
ニュースを直接見ることはできませんが、インターネットを通じて動画が見れるかもしれません。
こうして報道機関が私たちの取組を放送してくれることは、とてもありがたいことです。
本日の放送で、元気と勇気をもらう患者さんは数知れず
この鹿児島の取組を知っていただきたくメールしました。
ぜひ、よろしくお願い致します。
 
南日本放送のULRはこれだ
 
 
MBCの取組に感謝!
 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                (写真 しゅうじさん)(きなこ)

 

 

 

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2019年

5月

11日

ラジオ出演のお知らせ

本日、16時半から17時まで、ラジオ出演します。

久しぶりのラジオ出演です。

よかったら、ぜひお聴きください。

 

エフエムはつかいち

76.1メガヘルツ

えつ子の走れ オリソンミュージック♪」

 

お近くでない方も、ネットラジオでお聴きいただけます。

 

 

 

 

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2019年

5月

06日

ありがとうございました。

近所のAさんが亡くなられました。

犬の散歩で、朝夕よく団地を歩いていらして、それで仲良くなりました。

ボランティアで、団地の草刈もしてくださっていました。

 

家の前でブーンと音がしているのに気がつき、窓を開けると、Aさんの草刈機の音でした。

そのたびに急いで麦藁帽子をかぶり、ゴミ袋とがんざきを持って、表に飛び出していました。

「ええのに」

と、やさしい笑顔で、いつも言ってくださいました。

「Aさんのおかげで団地がきれいになって、助かっています。いつもありがとうございますね」

と、言うと

「ええんよ、わしは暇なんじゃけぇ」

と穏やかに言って、また草を刈りはじめます。

刈ってくださった草を私が集め、時々取りとめもない世間話をしながら作業が終わって冷たい麦茶を飲まれると、

「ごちそうさん。それじゃあ、お疲れさま」

と言って車に乗り込み、次の場所に移動されます。

少し離れた場所から、また草刈機の音が聞こえていました。

 

Aさんの葬儀には、地域の方がたくさんいらっしゃっていました。

きっとわたしと同じように、みんな、Aさんによくしてもらっていたのだと思います。

みんな「ありがとうございました」と心の中で言いながら、祈っていたと思います。

奥様は少し詰まりながら、でも気丈に喪主をつとめられました。

「主人は皆さんにご縁をいただき、いい人生だったと思います」

とだけ短く挨拶をなさいました。

経歴の紹介や、肩書きの披露はありませんでした。

特別な演出もなく、ただ、みんなの感謝の気持ちがあふれた葬儀でした。

かなしいけれど、いい葬儀でした。

 

              (写真、yama-p)(きなこ)

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2019年

4月

26日

コウノトリ

 

4月21日、島根県雲南市にある成福寺さんのお花まつり子供大会で、地元の子供たち、それから檀家の皆さんとご一緒に、1時間を過ごさせていただきました。

 

偶然、「あいのうた」をお聴きくださった本多昭人ご住職様からお声かけいただいたのは昨年の6月で、それ以後、幾度もメールやお手紙やお電話のやりとりをさせていただき、またすばらしい文筆家でいらしたご住職様の数冊のご本を読ませていただきながら、また私たちのCDをお聴きいただきながら、4月にお目にかかるのをたのしみにしていました。

 

癌を患われ闘病中だったご住職様は、思いがけず2月に旅立たれ、ついにお会いすることはできませんでしたが、お庭の親鸞聖人の銅像や、出入り口、と書かれたお寺の張り紙や・・・、ご住職様がご本に書かれていたあれやこれやを目にして、ああこれだ、あああれだ、と思いながら、そして、ご住職様の思い出話にじんわりと涙ぐまれる檀家の皆さんとお話しをしながら、ああ、今日のこの一日はご住職さまが私たちにプレゼントしてくださった1日なのだと感じていました。

錦織さんと「あいのうた」を作詞してくださった長谷川さんが、一日をご一緒してくださったことも、とてもうれしいことでした。

 

帰りがけ、お世話役の方が

「コウノトリを見て帰り。片づけがなかったら、私が案内してあげるんだけどねえ」

と、声をかけてくださり、錦織さんの先導で、5分ほど車を走らせ、小学校のすぐそばに巣を作っているコウノトリを初めて見ました。

何もない場所に、電信柱のような棒が空に1本立っていて、その上に作られたかごのような巣の中に、1羽のコウノトリが、すっくと立っています。

出雲の空は、春霞にかすんだ夕暮れ。

その空の中に立つコウノトリは、神々しい感じさえしました。

 

「コウノトリを見て帰り」と声をかけてくれた方は、後から追いかけて来てくださって、巣の中にヒナが4羽いること、オスとメスが交代で、えさを捕ったり見張りをしていること、またコウノトリのオスが「元気」という名前だということなども教えてくださいました。

その偶然の一致に笑って、コウノトリは、共働き夫婦なんだなあと思いながら、よおく目をこらすと、巣の中に、小さな肌色の頭が、時々見え隠れしていました。

 

風が吹くからか、帰ってくる伴侶を探しているからなのか、コウノトリは時々向きをかえながら、まっすぐ巣の中に立っていました。

わたしたちも、もう一羽が帰ってこないかとしばらく待っていましたが、会うことはできませんでした。

                           (写真、Iさん)(きなこ)

 

 

 

 

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2019年

4月

24日

夕暮れを見ているポピー

ポピー、ポピー、のブログで、しゅじさんが送ってくださっていた写真、見ることができました!

いい写真ですねえ。

夕暮れのポピー。

夕暮れと、ポピーと、線路。

焼き芋とかりんとうとおまんじゅうみたいに私の好きなもの3つが一緒になった写真!

目に飛び込んで、胸が痛くなりました。

シロツメクサの写真もあったのですが、これも次回、アップさせていただきますね。

シロツメクサも大好きな花です。

わたしたちのまわりには、美しいものがたくさんあって、日々、美しいものに囲まれて暮らしているのだなあ、と感じました。

          (写真、しゅうじさん)(きなこ)

 

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2019年

4月

16日

ポピー!ポピー!

パーキンソン病のお仲間には、芸術家が多くいらっしゃいますが、Aさんは、花を描く画家さんです。

ご本人は、カトレアや牡丹のように華やかで、文字通り「花」のある「奥様」なのですが、Aさんが描く花は、山辺や道端にひっそりと咲く野の花がほとんどです。

 

これは、若年患者のBさんからうかがったAさんのお話です。

 

先日のパーキンソンディの国会請願のために上京されたAさん。

Bさんと二人で、車がブンブン行きかう東京の街を国会に向かって歩いていらしたそうです。

Aさんは最近腰が曲がってこられたため、コロのついたオシャレなスーツケースを、手押し車代わりに持って歩いておられます。

 

横断歩道を渡るため、二人で信号待ちをしていたら、突然、Aさんが、くるりと向きを変えて、「ポピー!ポピー!」と叫び出されたそうなのです。

驚いたBさん。

いったい何事?!

車道にお尻を突き出したAさんは、Bさんの「どうされたんですか?」という問いかけには答えず、ただ興奮した声で

「ポピー!、ポピー!」

と繰り返すだけ。

 

いったい、どうしちゃったの、Aさん?!

理由がわからず、でも車道にせり出したお尻が行き交う車にぶつからないように、焦ってAさんのお尻を歩道に押し込んだBさん。

ホッとして、Aさんの視線の先を見て、ようやくポピーの意味がわかりました。

花のポピーでした。

別名、ひなげし。

信号待ちの歩道に、ポピーの花がひとつ咲いていたのです。

 

「だってねぇ、殺伐とした大都会に、ポピーが咲いていたのよ。けなげじゃないの」

とは、翌日、電話でお話ししたAさんのお言葉。

 

ドッキリ、そして胸をなでおろして、横断歩道を渡り終えたBさんでしたが、でもポピーって、たんぽぽのように種を飛ばす花なんですよね。

私も、道端に、間隔をおいて点々と咲くポピーを見たことがありますが、Aさんも、東京の街中に点々と咲くポピーを見つけるたびに、「ポピー、ポピー」と興奮し、周囲かまわず立ち止まり、そのたびにBさんは、ぶつかるんじゃないか、転ぶんしゃないかとハラハラ。

ついには

「もうオシマイですッ!遅刻しますよッ!」

と、親ほど年の離れたAさんを引きずって歩いたそうです。

 

奥様なんですけどねぇ、Aさん。

やはり、芸術家なんですねぇ。

そういうとこ、大好きですよ。

 

大笑いしたお話でした。

                       (絵、高嶋宏子さん)(きなこ)

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2019年

4月

14日

マックス51号に錦織幸弘さんの特集が掲載されています。

「マックス」という冊子があります。

副題に「パーキンソン病の治療をしている方の日常生活を応援する」とあります。

協和発酵キリン株式会社という製薬会社さんが作っていらっしゃる冊子で、ページ数は15ページほどですが、上等の紙を使って、とても丁寧に編集してある季刊誌です。

 

 私が「マックス」を初めて手にしたのは、順天堂大学の服部先生とアーモンドさんがご一緒に世界大会に参加されたのを特集した号だったと思います。

アーモンドさんは、早稲田大学文学部の学生だった頃発病なさった若年患者さんで、病歴は50年以上。

アーモンドさんご自身も素敵な方ですが、フランス映画を見ているような雰囲気のアーモンドさんの文章も、わたしは大好きです。

アーモンドさんの文章は、げんきなこのトップページからもお読みいただけますので、まだの方がいらっしゃいましたら、ぜひお読みになってください。

 

 で、そのマックスですが、毎号、お一人ずつ患者さんを取り上げて特集してあるのですが、今回、桃の花が表紙の51号は、錦織幸弘さんの特集でした。

 

錦織さんは、時々、このブログにもコメントを送ってくださる若年発症の患者さんです。

記事によると、錦織さんは中学校の英語の先生として活躍なさっていた最中、38歳のときに病気にお気づきになられたそうです。

記事は、闘病のことだけでなく、ご趣味の短波放送の聴取、壊れたスピーカーを直す特技などなど、まるごとの錦織さんをとてもうまく表現されていて、読みながらわたしも心打たれ、また尊敬を持った筆致に、あたたかい気持ちにもなりました。

 

 記事には、錦織さんがげんきなこについて話してくださっている部分も載っています。

マックスは、薬局や、病院の待合などでご覧いただくことができますので、機会があればぜひお読みになってください。

                         (写真、YHさん)(きなこ)

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2019年

4月

08日

大人になる

大人になる

 

ある日、キッチンの窓ガラスに、小さな鳥がやってきました。

コンコンコン、と音がするので、何かと見れば、小さな鳥がガラス窓にむかって羽ばたいています。

ぶつかったのかな、と思ったのですが、そうではないようです。

窓ガラスにぶつかって、ストンと落ちた小鳥は、ふたたび窓枠に止まって、またガラス窓に向かって羽ばたき、窓ガラスに押し返されて、落ちて・・・を繰り返します。

もちろん、ガラス窓があるのですから、いくらはばたきを繰り返しても、小鳥はくちばしを窓にぶつけた状態で、空中に浮かんで、やがてストンと落ちるだけです。

それを何度も繰り返しているのです。

 

ネットで調べてみたら、カワラヒワのようでした。

どうやらオスのカワラヒワの子供のようでした。

 

カワラヒワの子の訪問は、毎日続きました。

初めは、一日一度だった訪問は、日に2回、3回、4回・・・、と増えました。

来るたびに、ガラス窓に向かって、はばたいています。

どうやら、意識的にぶつかっているようです。

 

「窓ガラスにぶつかるのが、オモシロいんかね」

想像もしなかったお客様に

「何かいいことの御つかいかも!」

と、元気さんは喜んでいました。

 

ところが。

ある日から、ぴったりとカワラヒワは来なくなりました。

一日待ち。

二日待ち。

三日待ち。

何の前触れもなく、何の理由もなく、カワラヒワの子は来なくなりました。

 

きっとカワラヒワは大人になったのでしょう。

 

もう、窓ガラスにぶつかって遊ぶことを、たのしいと思わなくなったのでしょう。

料理を作りながら、ふと窓を見て、カワラヒワの子のかわいかったことを思い出しています。 

                       (写真 ジュリエットさん)(きなこ)

 

 

 

 

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2019年

3月

29日

田中祐子さん 短歌集出版記念講演会を開催します。

昨年、90歳のお誕生日を迎えられた田中祐子さんは、わたしたちパーキンソン病友の会のお仲間です。

 

誰よりも前向き、どんなときも、どんなことにも弱音を吐かれない田中さんが詠まれた709首の短歌が、このたび幻冬社から出版されました。

タイトルは「生きる」

90歳で、歌人デビュー!

なんてすばらしい!

「田中さん、ギネスではないですか?」

とお尋ねすると、

「いえ、そうじゃないようですよ。

でも、まさか90になって本が出ようとは、思ってもみませんでした」

 

そうですよねぇ。

でも、こうなったら、ぜひ、「サラダ記念日」を越えるベストセラーを目指そうではありませんか。

 

というわけで、これをお祝いしようと、患者会で、田中祐子さんの出版記念講演会を企画しました。

題して「祝 田中祐子さん 出版記念講演会」。

 

講演会は、完全手作り。

横断幕は、平成の絵師、大上克己さんにお願いしました。

「何十年も前に、友人の結婚式の横断幕を書いたときは、サッとうまくいったんだけど、今は手が震えるし、文字が濃くなったり、薄くなったり・・・、こんなに時間がかかるとは思わんかったわ。」とは、ご本人の弁。

 

来てくださった方に、何かお土産を、と私も栞を作りました。

短冊の表に田中さんの短歌、裏には大上さんの花の絵をあしらって、2枚合わせてラミネートをかけ、さらに穴をあけて、リボンをつけたら仕上がり。

2日間の夜なべの末、作ること100枚。

我ながら、なかなかの出来。

一足早く、昨日、田中さんにお見せしたら、

「まあ!、いいのができたじゃありませんか。

大上さんは、似顔絵だけじゃなくて、こんな素敵な絵もお描きになるんですね」

と喜んでくださいました。

 

そして、もちろん講演会のメインは、「生きる」と題した田中さんにご講演。

被爆者である田中さんの戦争体験のみならず、これまで90年を生きてこられた思いをお話しくださるそうです。

どうぞ多くの方のご来場をお待ちしています。

 

日時 3月31日(日)14時から15時30分

場所 総合福祉センター あいプラザ 2階リハビリ室

(廿日市市新宮1-13-1 電話 0829-20-0294)

駐車場 あり

入場 無料

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ブログ 「げんきなこ」ただひたすら団扇振りな日々