2019年

4月

16日

ポピー!ポピー!

パーキンソン病のお仲間には、芸術家が多くいらっしゃいますが、Aさんは、花を描く画家さんです。

ご本人は、カトレアや牡丹のように華やかで、文字通り「花」のある「奥様」なのですが、Aさんが描く花は、山辺や道端にひっそりと咲く野の花がほとんどです。

 

これは、若年患者のBさんからうかがったAさんのお話です。

 

先日のパーキンソンディの国会請願のために上京されたAさん。

Bさんと二人で、車がブンブン行きかう東京の街を国会に向かって歩いていらしたそうです。

Aさんは最近腰が曲がってこられたため、コロのついたオシャレなスーツケースを、手押し車代わりに持って歩いておられます。

 

横断歩道を渡るため、二人で信号待ちをしていたら、突然、Aさんが、くるりと向きを変えて、「ポピー!ポピー!」と叫び出されたそうなのです。

驚いたBさん。

いったい何事?!

車道にお尻を突き出したAさんは、Bさんの「どうされたんですか?」という問いかけには答えず、ただ興奮した声で

「ポピー!、ポピー!」

と繰り返すだけ。

 

いったい、どうしちゃったの、Aさん?!

理由がわからず、でも車道にせり出したお尻が行き交う車にぶつからないように、焦ってAさんのお尻を歩道に押し込んだBさん。

ホッとして、Aさんの視線の先を見て、ようやくポピーの意味がわかりました。

花のポピーでした。

別名、ひなげし。

信号待ちの歩道に、ポピーの花がひとつ咲いていたのです。

 

「だってねぇ、殺伐とした大都会に、ポピーが咲いていたのよ。けなげじゃないの」

とは、翌日、電話でお話ししたAさんのお言葉。

 

ドッキリ、そして胸をなでおろして、横断歩道を渡り終えたBさんでしたが、でもポピーって、たんぽぽのように種を飛ばす花なんですよね。

私も、道端に、間隔をおいて点々と咲くポピーを見たことがありますが、Aさんも、東京の街中に点々と咲くポピーを見つけるたびに、「ポピー、ポピー」と興奮し、周囲かまわず立ち止まり、そのたびにBさんは、ぶつかるんじゃないか、転ぶんしゃないかとハラハラ。

ついには

「もうオシマイですッ!遅刻しますよッ!」

と、親ほど年の離れたAさんを引きずって歩いたそうです。

 

奥様なんですけどねぇ、Aさん。

やはり、芸術家なんですねぇ。

そういうとこ、大好きですよ。

 

大笑いしたお話でした。

                       (絵、高嶋宏子さん)(きなこ)

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2019年

4月

14日

マックス51号に錦織幸弘さんの特集が掲載されています。

「マックス」という冊子があります。

副題に「パーキンソン病の治療をしている方の日常生活を応援する」とあります。

協和発酵キリン株式会社という製薬会社さんが作っていらっしゃる冊子で、ページ数は15ページほどですが、上等の紙を使って、とても丁寧に編集してある季刊誌です。

 

 私が「マックス」を初めて手にしたのは、順天堂大学の服部先生とアーモンドさんがご一緒に世界大会に参加されたのを特集した号だったと思います。

アーモンドさんは、早稲田大学文学部の学生だった頃発病なさった若年患者さんで、病歴は50年以上。

アーモンドさんご自身も素敵な方ですが、フランス映画を見ているような雰囲気のアーモンドさんの文章も、わたしは大好きです。

アーモンドさんの文章は、げんきなこのトップページからもお読みいただけますので、まだの方がいらっしゃいましたら、ぜひお読みになってください。

 

 で、そのマックスですが、毎号、お一人ずつ患者さんを取り上げて特集してあるのですが、今回、桃の花が表紙の51号は、錦織幸弘さんの特集でした。

 

錦織さんは、時々、このブログにもコメントを送ってくださる若年発症の患者さんです。

記事によると、錦織さんは中学校の英語の先生として活躍なさっていた最中、38歳のときに病気にお気づきになられたそうです。

記事は、闘病のことだけでなく、ご趣味の短波放送の聴取、壊れたスピーカーを直す特技などなど、まるごとの錦織さんをとてもうまく表現されていて、読みながらわたしも心打たれ、また尊敬を持った筆致に、あたたかい気持ちにもなりました。

 

 記事には、錦織さんがげんきなこについて話してくださっている部分も載っています。

マックスは、薬局や、病院の待合などでご覧いただくことができますので、機会があればぜひお読みになってください。

                         (写真、YHさん)(きなこ)

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2019年

4月

08日

大人になる

大人になる

 

ある日、キッチンの窓ガラスに、小さな鳥がやってきました。

コンコンコン、と音がするので、何かと見れば、小さな鳥がガラス窓にむかって羽ばたいています。

ぶつかったのかな、と思ったのですが、そうではないようです。

窓ガラスにぶつかって、ストンと落ちた小鳥は、ふたたび窓枠に止まって、またガラス窓に向かって羽ばたき、窓ガラスに押し返されて、落ちて・・・を繰り返します。

もちろん、ガラス窓があるのですから、いくらはばたきを繰り返しても、小鳥はくちばしを窓にぶつけた状態で、空中に浮かんで、やがてストンと落ちるだけです。

それを何度も繰り返しているのです。

 

ネットで調べてみたら、カワラヒワのようでした。

どうやらオスのカワラヒワの子供のようでした。

 

カワラヒワの子の訪問は、毎日続きました。

初めは、一日一度だった訪問は、日に2回、3回、4回・・・、と増えました。

来るたびに、ガラス窓に向かって、はばたいています。

どうやら、意識的にぶつかっているようです。

 

「窓ガラスにぶつかるのが、オモシロいんかね」

想像もしなかったお客様に

「何かいいことの御つかいかも!」

と、元気さんは喜んでいました。

 

ところが。

ある日から、ぴったりとカワラヒワは来なくなりました。

一日待ち。

二日待ち。

三日待ち。

何の前触れもなく、何の理由もなく、カワラヒワの子は来なくなりました。

 

きっとカワラヒワは大人になったのでしょう。

 

もう、窓ガラスにぶつかって遊ぶことを、たのしいと思わなくなったのでしょう。

料理を作りながら、ふと窓を見て、カワラヒワの子のかわいかったことを思い出しています。 

                       (写真 ジュリエットさん)(きなこ)

 

 

 

 

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2019年

3月

29日

田中祐子さん 短歌集出版記念講演会を開催します。

昨年、90歳のお誕生日を迎えられた田中祐子さんは、わたしたちパーキンソン病友の会のお仲間です。

 

誰よりも前向き、どんなときも、どんなことにも弱音を吐かれない田中さんが詠まれた709首の短歌が、このたび幻冬社から出版されました。

タイトルは「生きる」

90歳で、歌人デビュー!

なんてすばらしい!

「田中さん、ギネスではないですか?」

とお尋ねすると、

「いえ、そうじゃないようですよ。

でも、まさか90になって本が出ようとは、思ってもみませんでした」

 

そうですよねぇ。

でも、こうなったら、ぜひ、「サラダ記念日」を越えるベストセラーを目指そうではありませんか。

 

というわけで、これをお祝いしようと、患者会で、田中祐子さんの出版記念講演会を企画しました。

題して「祝 田中祐子さん 出版記念講演会」。

 

講演会は、完全手作り。

横断幕は、平成の絵師、大上克己さんにお願いしました。

「何十年も前に、友人の結婚式の横断幕を書いたときは、サッとうまくいったんだけど、今は手が震えるし、文字が濃くなったり、薄くなったり・・・、こんなに時間がかかるとは思わんかったわ。」とは、ご本人の弁。

 

来てくださった方に、何かお土産を、と私も栞を作りました。

短冊の表に田中さんの短歌、裏には大上さんの花の絵をあしらって、2枚合わせてラミネートをかけ、さらに穴をあけて、リボンをつけたら仕上がり。

2日間の夜なべの末、作ること100枚。

我ながら、なかなかの出来。

一足早く、昨日、田中さんにお見せしたら、

「まあ!、いいのができたじゃありませんか。

大上さんは、似顔絵だけじゃなくて、こんな素敵な絵もお描きになるんですね」

と喜んでくださいました。

 

そして、もちろん講演会のメインは、「生きる」と題した田中さんにご講演。

被爆者である田中さんの戦争体験のみならず、これまで90年を生きてこられた思いをお話しくださるそうです。

どうぞ多くの方のご来場をお待ちしています。

 

日時 3月31日(日)14時から15時30分

場所 総合福祉センター あいプラザ 2階リハビリ室

(廿日市市新宮1-13-1 電話 0829-20-0294)

駐車場 あり

入場 無料

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2019年

3月

15日

言葉

退院されたAさん。

さっそく翌日、息子さんの通院に付き添われたそうです。
でも、うまく体が動かず、逆に息子さんに介助されてトイレに行くことに。

ところが、よろめいて転倒したのが、よりにもよって息子さんの上。
息子さんが腰痛になられたのだそうです。

なんとも気の毒でなぐさめようがなく、もごもごと言いよどんでいたら、

『こういうのを、間が悪い、というんでしょうね』
、静かにAさんは言われました。


「間が悪い」

久しぶりに耳にした言葉でしたが、Aさんのこの言葉が、今もずっと心に残っています。

 

 

どうしてこんなに悪いことが重なるのだろうということがあります。
日本人の長い歴史の中で、『間が悪い』という言葉が生まれるほど多くの人が、理由もわからず、つらい思いを重ねてきたのでしょう。
自分の割りきれぬ気持ちを言葉に当てはめることで、名も知らぬ多くの人とつながり、心慰められるのでしょうか。

           (写真 ジュリエットさん「春を見つけました~東工大から~」) (きなこ)

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2019年

2月

16日

春のきざし

患者会の事務局のお世話をしてくださっているAさんの体調がここ半年くらいかんばしくなくて、みんなで心配していました。

「最近、オフが多くてね。

薬はきかないし、きいてもすぐに薬が切れるし。

新年度はもう、会の手伝いはできないかもしれない」

困ったことも笑ったような顔でお話になるそのやさしい表情で、そんなことを言われるものだから、じわりじわりとかなしい気持ちになっていました。

 

昨日、そのAさんのおうちに、用事があってお電話をしました。

すると奥様が出られて、「主人は今、お風呂に入っているので、あとでかけさせますね」と前置きをされて、

「1月は、どんどん体調が悪くなって、共倒れになるのでは、と思っていましたが、2月になって、どんどん体調がよくなって、ほんとうにうれしいんですよ

リハビリに週2回行きはじめたのがいいのかもしれないんですが、ほんとうに全然違うんですよ。うれしい!

と大喜びのあかるいお声で話してくださいました。

うれしさが電話口からあふれて、私の耳からも元気が入ってくるような

はずんだお声でした。 

 

今回のブログ写真の撮影者、ジュリエットさんも、この冬、ずいぶんしんどい思いをなさっていましたが、

痛みは相変わらずですが、ほんの少し軽減した感じがして、1ヶ月ぶりに通所リハビリに行ってきました」

と、久しぶりに写真を送ってくださいました。

 

体調が悪い、という話ばかりを聞くことが多くて、悲しい気持ちになることが多かったこの冬ですが、春が来ていることを感じるような安心とうれしさを感じています

            (写真、ジュリエットさん)(きなこ)

 

 

 

 

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2019年

2月

15日

編集会議

今日はパーキンソン病友の会の県支部会報「ふれあい」の編集会議の日でした。

女性ばかり4人のメンバー。

そして、プラス元気さん。

みんな患者さんですが、心豊かで、たのしくて、おいしいものの好きな女性ばかり。

毎回、口も、心も、頭もたっぷりたのしい時間を過ごさせてもらっています。

 

 

今日は、我が家の車で、5人で一緒に行き帰りしました。

広島駅にお送りしたAさんは、車が発進するとき、少女みたいににっこり笑い、胸のところで小さく手をふってくれました。

 

 

15段ほどの階段を上って玄関に入るBさんは、車の中の私たちを見送るために、玄関前にほとんど寝そべらんばかりになって、手を振り見送ってくれました。

 

往来の多い道を曲がって、細い路地をちょっと入ったところにあるCさんの家にも、玄関前に7,8段の石段があります。

 Cさんとお別れするときは、薄暗くなっていることも多いので、石段を一緒に上って、玄関ドアの前でお別れするのですが、心配性なCさんはいつも、私たちの車が安全に路地を出られるか気にしてくださり、一緒に上がった石段をまた下りてきて、私たちの車を見送ってくれています。

「それじゃあ、また私たちが気になりますからね。

気をつけて帰りますから、石段を下りてきてくださらないで、大丈夫ですからね」

と、申し上げたら、

「はい、はい」

と笑顔で言われたCさん。

ほっとして、車を発進しながらバックミラーを見たら、まるで悪いことをしているみたいに、こっそりドアを小さく開いて、わたしたちがちゃんと帰れるか、のぞいておられました。

 

 

なんてことない、3つのお別れの場面。

もしかしたら、わたしはこのシーンをずっとわすれないかもしれない、と思いました。

                            (絵、安本洋子さん)(きなこ)

 

 

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2019年

2月

06日

抜き足、差し足

 

機械オンチのわたしは、いまだにガラケー携帯をつかっているのですが、頼みのそのガラケー携帯の充電がおかしくなりました。

充電器を差し込んでも、充電をしなくなってしまいました。

 

充電器のコードをくにゃくにゃしてみたり。

携帯の充電器差込口を、ふうふう吹いてみたり。

充電器が断線しているのか、携帯本体が壊れているのか。

盾が強いか、矛が強いか、という問題がむかーし昔あったそうですが、壊れているのは充電器なのか携帯なのか。それが目下のわたしの大問題です。

 

今朝も、何度かのチャレンジの後、ようやく携帯が充電をはじめました。
そーっとそーっと、動かさないように充電満了を待っています。
昔、子供たちが赤ちゃんだった頃、ようやく寝付かせて、静かに、静かに抜き足差し足していたことを思いだしました。

自分の家なのに、泥棒のようにこっそりと歩いていることに、自分でおかしくなって笑ってしまったことを思いだしました。

                 (絵、安本洋子さん)(きなこ)

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2019年

2月

03日

シクラメン

年が改まったので,もう一昨年の年末になるのですが、シクラメンの鉢をいただきました。

真っ赤な花がたくさん咲いた鉢植えでした。

シクラメンは好きなので、買ったりいただいたりして、これまでも何度か育てたことがあるのですが、なぜか途中で枯らしてしまうことが多くて、もう諦めて花屋さんの店先で眺めるだけの花にしていました。

植物と人にも、相性があるのでしょうかね。

 

そんなわけで、一昨年シクラメンをいただいたときは、うれしいのと同時に、また枯らしてしまうんじゃないかと、心配と憂鬱な気持ちもあったのですが、そのシクラメンは、昨年、すっかりあたたかくなるまで、美しい赤で目も心も喜ばせてくれました。

 

昨年の夏はとても暑かったので、ちゃんと夏を越せるかな、と不安に思っていましたが、花の季節が終ってからも、緑の葉っぱは活き活きと、暑すぎる夏を元気いっぱいに越えてくれました。

 

でも、秋が来ても、冬になっても花が咲きません。

どうしてかなあ、と水をやりながら、葉っぱをそっと寄せてみたりしていたのですが、なんとまあ、先日ついに蕾を発見しました。

今年は暖冬だったから、こんなに遅くなったのでしょうか。

それとも、昨年、長く咲き続けてくれたから、少し疲れて遅くなったのでしょうか。

わからないけれど、ようやく、そして今年も蕾をつけてくれたシクラメン。

まだ蕾は硬く閉じて、色づかず白い色ですが、うれしくて、毎日、葉っぱを寄せて、笑顔で眺めています。

                 (絵、安本洋子さん)(きなこ)シクラメン

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2019年

1月

20日

小さい世界

祖母は農家の主婦でした。

田んぼと畑とみかんの世話をしながら4人の子供を育てて、数年前に亡くなりました。

出かけるのが大好きな人で、しょっちゅう婦人部のバス旅行に行っていました。

祖母の旅好きは地域の人たちもよく知っていたので、旅行に欠員が出ると、「どうかね?」と声をかけてくれていました。

 

美術の教員だった祖父は、なにごとにつけておおらかな人で、絵を描くことと本を読むことが好き、そしてお豆腐とあんぱんが好物。着るものにもこだわらず、冷蔵庫にお豆腐とそれから日本酒があればいいという人だったので、祖母が出かけることも嫌がらず、そんなわけで、祖母は、折りあるごとに出かけていました。

 

大島の田舎のことですから、地域のこともあれば、畑のこともある。

祖父はおおらかでしたが、切れた電球ひとつかえることもない人でしたから、祖母は愛車ミラで駆け回りながら、うちのことも外のことも一人でこなしていました。

その上で、あちらこちら旅する祖母は、わたしたち孫にとっては、ヒーローのような「おばあちゃん」で、ずっと「祖母は死なないんじゃないか」と思っていました。

 

でも、不思議なことに、そして当たり前のことなのですが、やがて祖母も次第に老いていきました。

運転免許を返上し、地域のお役も交代し、少しづつ祖母の世界は小さくなっていきました。

 

次第に狭くなっていった祖母の日常に最後にのこった喜びは、畑でした。

祖母の子供たちが祖母の畑を耕し、祖母の希望を聞いて種をまき、その畑に、祖母は毎日出て、草取りをしていました。

「畑に出ちょったら、気が晴れるよ」

と、祖母は言っていました。

収穫の時期が来ると、祖母は子供たちに

「好きなだけ持って帰りんさいよ。ええのを採りんさいよ。遠慮しんさんなよ。」

と、うれしそうに言っていました。

摘み取ったみかんや野菜をもらって帰る車の中で、母は

「おばあちゃんは、自分が作ったように思っちょるんじゃからねぇ」

と笑っていました。

 

両親は我が家の狭い庭にも、さまざまな工夫をこらして、できるだけたくさんの野菜や花を植えてくれています。

時々来ては、こやしを入れたり剪定したりと、手入れもしてくれます。

その畑で、私は今朝も、季節はずれのトマトとピーマンを収穫しました。

ああ、おばあちゃんも、こんな気持ちを感じていたのだなあ、と思いました。

                             (絵、安本洋子さん)(きなこ)

 

 

 

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2019年

1月

17日

思い浮かぶ

同じ人を思い浮かべても、脳裏に浮かぶ表情は、人それぞれに違うのかもしれません。
思い出すとき、かなしい表情の浮かぶ人が何人かいます。
その人が自分と親しい人であると、その表情の幾分か一でも、それが自分の責任であるような気がして、キリリと罪悪感を感じます。
本当にはどうでもいい雑事を大事にして、大切なことを後回しにしているんじゃないかと、ふと思ったりします。

               (写真、yama-p)(きなこ)

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2019年

1月

08日

注連飾り

時々通る小さな交差点に、古くてとても小さいアパートが建っています。
アパートの横には、かけ上がるとカンカン音がしそうな鉄の階段がついていて、二階の家に上がるようになっています。
ベランダはなくて、窓から差し出すように洗濯物が干されています。
信号待ちの道路から見える家の窓からは、五センチ間隔くらいでぎっしり洋服が干されています。
何人ご家族なのか。

今日は乾くかなあと、そこで信号待ちをするたびに空模様が気になりながら、でもその干し方が丁寧なのに心ひかれ、信号待ちのたびに、どんなご家族なのかなと、ホワッとあたたかい気持ちで車を発進していました。

今日、またそのアパートの前で信号待ちをしていたら、その家の玄関に、なにか赤い色が。
え?と目を凝らしたら、しめ飾りでした。
しめ飾りにも「大・中・小」があって、私も毎年スーパーの店先で迷うのですが、その家のしめ飾りは、とてもかわいいしめ飾りでした。

結婚して間もない頃、私たちが住んでいた社宅も、脱衣場も洗面所もないような古くて小さいアパートでした。
そこで年子の子二人を育てていました。

同じくらいの年の子供がいらしたお隣の奥さんと、自転車のかごに上の子供を乗せて、下の子は背中に背負って、遠くの安売りの商店まで、買い出しに行っていました。
毎日たくさん洗濯し、何度も掃除機をかけて…、夢も見ないくらい毎日慌ただしかったけれど、今思うとあの日々は幸せな毎日でした。

信号待ちのしばしの時間に、記憶は20年を旅し、どうぞこのご家族に、今年もいいことがたくさんありますように、と思いながら、車のアクセルを踏みました。

           (写真、yama-p)(きなこ)

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2018年

12月

23日

チャンチキオケサ

患者会の用事で、初めてAさんをお訪ねしました。
Aさんは10代でパーキンソン病になられて、今は60歳を少し過ぎたくらいのお年です。
「介護老人施設」と書かれた看板のかかった建物の自動扉を入ると、受付から若くてきれいな女性が出てくださいました。
「Aさんを訪ねて来た者ですが」と申し上げると

「よく来てくださいましたね」と笑顔で歓迎してくださいました。
病院と施設はまた少しちがうのでしょうか。お見舞いにうかがうと、開口一番、「ご家族ですか?どういうご関係ですか?」という質問が普通のことだったので、びっくりしてうれしい気持ちになりました。

初めてお目にかかったAさんは、華奢で可愛い方でした。
車椅子を操作しながらワンルームのお部屋を移動されるAさんは、お年よりずっと若々しい感じがしました。

Aさんは私たちの訪問を喜んでくださり、私たちはたくさんの話をしました。
ほとんどはAさんがお話しになり、私たちは相づちをうっていました。

この夏の水害で実家は半壊。
そのときの恐怖から、Aさんの高齢のお母さんが歩けなくなられたこと。
少し前まで60キロあったAさんの体重は今は40キロを割ってしまったこと…等々。
お話の中身は、どんなにお辛いだろと思うことがほとんどでしたが、鳥がさえずるようなAさんのお声を聞いていると、不思議なくらい陰鬱な気持ちになりませんでした。

「歌は、どんなに暗い内容の歌も、明るい声で歌わないいけないんだって。
「チャンチキオケサ」って歌を知ってる?
三波春夫は明るく歌っていたけど、歌詞を聴いたらずいぶん暗い歌よ。」
そんな話をしてくれたのは、声楽を習っている友人でした。
それはとても難しいことだなあと思いながら聞いたのを覚えています。

歌うことと話すことは違うのかもしれませんが、Aさんが明るく話すことができるのは、パーキンソン病患者として50年をよく生きてこられたからだろうか、それとも持って生まれた美徳だろうかと考えたりしながら、Aさんとご一緒したあたたかいひとときを思い出しています。

                  (写真、ジュリエットさん)(きなこ)

 

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2018年

12月

19日

冬のミツバチ

信号待ちをしていたら、フロントガラスにミツバチが落ちてきました。
みつばちハッチのような小さなミツバチです。
冬のハチを、初めて見ました。
フロントガラスの向こうで、ハチはガラスに足を滑らせながら、お尻をピクピクさせていました。

どうして、こんなところに落ちてきたのでしょう。
どこで、何をしていて、飛ばされてしまったのでしょう。
ミツバチはミツバチの命を生きて風に飛ばされ、私は私の毎日を暮らして信号待ちをし、そんなミツバチと私が、ガラス越しに出会った一瞬。
信号が青になり、ハチから目を離した発進の束の間に、ミツバチは、またどこかにいなくなっていました。

                 (写真、Nさん)(きなこ)

♪写真をクリックしたら、さくら降るをお聴きいただけます。

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2018年

12月

17日

ジェットストリーム

遠い地平線が消えて、 ふかぶかとした夜の闇に心を休める時、 はるか 雲海の上を音もなく流れ去る気流は、 たゆみない宇宙の営みを告げています。 

満天の 星をいただく、はてしない光の海をゆたかに流れゆく風に心を開けば、きらめく星座の物語も聞こえてくる 夜の静寂のなんと饒舌なことでしょう。 

 

おなじみ、ジェットストリームのオープニングです。

中学高校時代、よく聴いていました。

城達也さんのナレーションをきいていると、自分の体が真っ暗な宇宙空間に浮かんでいるような気持ちになりました。

 

その頃はまだ海外旅行などしたことはなく、飛行機にも乗ったことはありませんでしたが、城達也さんの声は、大気圏を越えて、あっという間に宇宙空間まで、わたしを運んでくれました。

 

ジェットストリーム、今は、俳優の大沢たかおさんがナレーターをなさっているようですね。

俳優としての大沢たかおさんは素敵ですが、でも、宇宙空間にワープさせてくれるお声としては、城達也さんにかなわないような気がします。

 

美顔のための化粧品は、たくさんあるけれど、いい声になるためのものといえば、せいぜいうがい薬くらいで、ほとんど見かけません。

でも、ジョットストリームの城達也さんのお声をユーチューブで聴いていると、今でもあっという間に心は高いところにワープして、わたしたちは声に、こんなにも心動かされるのだなあ、と思います。

                        (写真、yama-p)(きなこ)

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2018年

12月

15日

風に吹かれて 完読

 

元気

 

 

 

心地よい余韻に浸っています。

 

樋口明雄氏著の小説「風に吹かれて」を完読しました。

著者樋口氏は私の中学同級生であるだけでなく、小説の舞台を1973年夏岩国、中学年生であった主人公(樋口氏)とその仲間の実体験にもとづくものと設定されています。

つまり、私を含む母校中学卒業生が共有する時間と場所が舞台となっていて、読み始めて瞬時に当時へとタイムスリップし、薬を飲むのも忘れ完全オフになるもお構いなく、一気に読み上げました。

内容は、日本版スタンドバイミーそのものであり、読み終えた今、熱くかつ清々しい思いが胸の中に吹き込んできています。

また、昨日は岩国を舞台とした樋口明雄氏著ハードボイルド小説「ダークリバー」も完読し、樋口氏の世界にすっかり魅了されました。

 

 

 

再び岩国をテーマとした曲を創ってみたくなりました。

 

 

 

岩国三部作

 

五橋渡り

 

lalala♪中通り商店街

 

蜂ケ峰思い出は今もきらら

プラス3曲

Dear

STのテーマ

うまもんの歌

 


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2018年

12月

13日

やがて、しあわせ

似顔絵作家、大上克己さんの一才のお孫さんが、椅子から落ちて救急車で運ばれたそうです。
転落後、二分くらい意識朦朧。
回復後も焦点が定まらな朦朧状態が続き、若いお母さんは慌てて119番したそうです。
病院に到着したとたん、赤ちゃんは泣き出して、ホッと安心。
検査結果も異常なし

先生から「様子見しましょう」と言われて、親子で帰宅されたそうです。


『この話、病院に到着した娘からの電話で知ったんですが、検査結果が出るまで、ジイは青ざめ、オロオロと、ただただ祈るのみ。

さっき娘から、大きなケーキを頬張っている孫の写メールが送られてきて、ようやく一安心しました。
ケーキは婿さんの誕生日ケーキだったようですが、とんだ誕生日になりました』
と大上さんからメール。

ほんとにとんだ誕生日でしたね。
どんなにか肝を冷やされたことでしょう。
でも、過ぎてしまえば、やがて思い出に。

そのときは笑えないことが、たのしい記念日になることもありますよね。

今回のことも、『あの年の誕生日は、肝を冷やしたよねぇ』と、家族みんなで笑いながら話せる、しあわせな記念日になるような気もします。
どんなにか心痛い一日だったでしょうが、もしかしたらご家族への素敵な誕生日プレゼントだったのかもしれないなあ、と思いました。

                 (絵、大上克己さん)(きなこ)

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2018年

12月

12日

眠り姫

パーキンソン病になる前の元気さんはアウトドアが大好きな人でした。
ですから今でも我が家の倉庫には、キャンプ道具がいっぱいです。
テント、渓流ズボン、ガスバーナーコンロ、炭焼きコンロ…。
たくさんのキャンプ道具が眠り姫のように眠ったまま、時間だけが過ぎていたのですが、ふと、アウトドア用のガスコンロをウッドデッキに出して、ピザやパエリアを作ってみたら?と思いつきました。

さっそく雨の中、傘をさして、倉庫の扉を開けました。

ありました、ありました。
コンロが三種類。
箱を開けて、久しぶりに光の中に出てきたコンロは、どれもサビだらけ。
使えるかなあ、と心もとなくなりましたが、元気さんの
『これは火力が強くて、優れものだったんだ』
の言葉に励まされ、金ダワシでゴシゴシ磨いて水で流せば、まあまあの見映えに。
元気さんがガスをセットしつまみを回すと、ボッと音がして、点火しました。

このコンロで最後にバーベキューをしたのは、いつだったでしょうか。
渓流釣りもキャンプも止めて、仕舞いこんだ道具たち。
ボッと火が着いたとき、眠り姫が目覚めたような気持ちになりました。

近々、これでピザを焼いてみようと思っています。

               (絵、ふなえみゆきさん)(きなこ)

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2018年

12月

11日

負け!

我が家のお風呂を直してくださった電気屋のおじさんの話です。

にこにことおしゃべり好きなおじさんで、お茶を飲みながら、たのしいお話をさせてもらいました。

 

日本酒が好き。

銘柄に好みナシ。

辛くても甘くても、いい。

つまみもなんでもいい。

とにかく日本酒一筋。仕事の後、毎晩、お銚子で2合5酌。

でも、最近奥様がとっくりを変えられて、どうも量が少なくなったような気がする。

奥様は、変わってないよ、と言われるけれど、どうも奥様にだまされてる様な気がしてならない、とニコニコ話されます。

 

そんな愉快なおじさんが、「スピーカーが大好き」と言われて、元気さんの目がキラリン、と光りました。

おじさん、たいへんなステレオ好きなようで、
スピーカーを買っては、奥さんに怒られる
ぜったい家には置かせてもらえないから、7畳ほどの事務所にいている、なんて話をされました。

よろこんだ元気さんが

「わたしも音楽を作っているんです」

とアピールしても、反応ナシ。

自分はCDはきかない、
たまにFMで音楽きくと、CD音源だからだと思うけど、音が悪くて、聴くにたえない、
レコードが好きなんだ、
のこと。

それでも、自分のパソコン音楽を聴いてもらいたくてたまらない元気さん、めげずに、
「CDプレーヤー持ってないんですか?」
尋ねれば、
「持ってないね」
と、そっけない返事。
なおも元気さん、
「車には、CDプレーヤーないんですか?」
と、食い下がれば
「ナビしかないよ」

ざんねーん。

元気さんの、負け!

元気さんの音楽を聴いていただくことはできませんでした。

 

でも、愉しいおじさんでした。
              (絵、岩崎美智子さん)(きなこ)

 

 

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2018年

12月

11日

お風呂

昨夜、久しぶりにお風呂に入りました。
?!
退()かないでください。

もちろん、お風呂に「()かった」のは久しぶり、という意味です。

我が家の温水器は、2から調子悪く、だましだまし使っていました。

春から秋は大丈夫なのですが、寒くなって外気温が0度を下回ると、湯船にお湯を張らなくなっていました。

2年前、昨年と、冬が来るたびに部品を交換してもらったり直したりしてもらっていましたが、今年は早くも秋にはお湯を張らなくなってしまいました。

ジャワーだけはお湯が出るので、暖冬のおかげもあり、シャワーを使いながら、1日伸ばしにしてきたのですが、さすがにこのままお正月を迎えるわけにはいかないだろうと、取替えを決意しました。

 

昨日、おしゃべりの楽しい電気屋のおじさんがお二人で来てくださり、まる一日の工事の末、何ヶ月ぶりかでお風呂が復活しました。

 

久しぶりに入ったお風呂の気持ちいいこと!

何時間たっても、体はぽかぽかとあたたかく、まるで温泉に入ったっけ?と勘違いするくらいです。

あたたかい血液が、温水ヒーターのように体中をまわって、手足、内臓、頭頂部まで、すみずみまで温めてくれている感じ。

お風呂って、こんなだったっけ?

なんてすばらしい!

お風呂のない国もあると聞きますが、日本人でよかったなあ、と、お風呂を思いついてくださった日本のご先祖様方に感謝の気持ちです。

                            (絵、伊藤正幸さん)(きなこ)

 

 

 

 

 

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2018年

12月

09日

春よ来い

重たい雨が降りはじめました。
あたたかい12月から一転、昨日から冬らしい日になって、体もビックリしたのか、いきなりアカギレができました。
でも、それでも気温は8度。
いつもの12月に比べれば、まだまだありがたい冬です。
毎年寒さを感じる時期になると、春までの残り時間を5ヶ月4ヶ月と数える私ですが、今年はあと3ヶ月半こらえれば、うれしい春が来ます。

母は逆に、暑さが苦手。

同じ「指折り」を、暑くなるとそうです。

似ていない、似たもの親子です。

                (写真、yama-p)(きなこ)

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2018年

12月

07日

落ち葉拾い

日曜日は、一年一度の広島市身障者センターの文化祭です。

パーキンソン病だけでなく、様々な障害団体の方々の、歌あり、作品展示あり、ダンスあり、カープの選手とのお楽しみタイムあり、はたまた、おうどん、焼き芋などなどのテントなども並んで、身障者センターはたいへんな賑わいの一日になります。

 

パーキンソン病友の会も、毎年、会員さんの絵や手作り作品をご覧いただいたり、コーラスグループの歌をお聴きいただいたりしているのですが、わたしは今年は、安本洋子さんと一緒に作品展示の係をおおせつかりました。

殺風景な事務机に敷物を敷いたり、フワフワっとした飾りをあしらったり。これまで展示のお手伝いをして、会員さんたちそれぞれの力作が、飾り方によってさらに素敵になるマジックを見せていただいてきました。

それで、安本さんと相談して、「今年は落ち葉で飾りましょう!」と決めて、今日は、その葉っぱを拾いに一緒に公園にいきました。

 

今年は暖かかったおかげで、街路樹はまだたくさんの美しい紅葉をたたえて、私たちの目を楽しませてくれています。

わたしたち3人は、市内の賑わいが聞こえる一角で、美しい落ち葉を拾いました。

 

雨は、上がったばかり。

樹にも地面にも、濡れてつやつやと、ますますきれいな葉っぱ、葉っぱ、葉っぱ。

葉っぱはまるで宝石のようで、どれを拾おうかと迷うほどで、あ、これも、あ、これも、と、わくわくドキドキ、うきうきしっぱなしでした。

それは、安本さんも元気さんも、同じ。

「ねえ、これ見て。こんな葉っぱがあったわよ」

と、安本さん。

見れば、鳥の羽のように長細い葉っぱです。

「こんなのもあったよ」

元気さんの拾った葉っぱは、たぬきが頭に載せるのによさそうな葉っぱでした。

上を眺めたり、下を眺めたり、忙しいこと、忙しいこと。

心はそわそわ、心高鳴ること!

 

自分が子供だった頃や、子供が小さかった頃は、こういう秋もあったように思いますが、子供も大人になり、わたしもおばさんになってからは、こんなことは、とんとありませんでした。

楽しい一日でした。

                 (絵、安本洋子さん)(きなこ)

♪絵をクリックしたら、「雨はともだち」をお聴きいただけます。

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2018年

12月

05日

渓流釣りは楽しい

 

久しぶりに渓流釣りの話

 

 

 

元気

 

 

 

若かりし頃、島根県の奥出雲や鳥取県大山、同じく鳥取県日野川上流河川によく出かけた。

 

狙うは岩魚、ヤマメである。

 

今でも、どの川のどのポイントでどんな魚を釣り上げたのかを明確に覚えている。

 

 

 

先日キナコが大掃除をしていた際に、その記憶を鮮明に蘇らせてくれるものを押し入れの中から取り出してきた。

 

私が独身時代に釣りあげた大物の魚拓(計4匹)である。

 

 

 

一番大きいのが、ヤマメの33.5cm、8月の終わりに奥出雲で釣った大物である。

 

本流から支流をさかのぼり最初の大きな堰堤の下にある大きな岩の岩陰に潜んでいた。

 

時刻は確か1430分頃、夏の強い日差しが幾分弱まりすでに秋を感じる空気が漂っていた。

 

エサはミミズ、流れの中央に鎮座する大岩に向かって反対側を流したため、当たりは竿から直接伝わってくるごつごつとした魚の動きでとるしかない。

 

第一投目、その動きが伝わってきた。しばし間をおいた後、手首のスナップをきかせて鋭く合わせる。

 

これからが大変だった。

 

かつて感じたことがない強い引き、糸が切れるのではという恐怖と闘いながら、なんとか岸に引き上げたところ、魚が大暴れしたせいか、糸が体にグルグルと巻きついていた。

 

何だか少しかっこ悪い釣り上げ方だなと苦笑いしつつも、いわゆる夢の尺物ゲットでガッツポーズを何度も繰り返した。

 

恐らく本流にて豊富な餌を捕食して大きく成長し、支流へと遡上してきたものなのであろう、体高が高く銀色に輝く見事なヤマメであった。

 

そして、意気揚々とその日釣り上げた27cmのヤマメとともに行きつけの釣具店にて魚拓にしていただいたのだった。

 

その4か月後に結婚を控え、幸先いいなと一人で悦に入り、幸せを感じていたころだった。

 

 

 

それにしても、やはり渓流釣りはいいですね。ドリームアゲイン。

 

 

元気

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2018年

12月

04日

タイムマシン

歌を聴いて、その歌が流れていた頃のことを思い出した、という話はよく耳にします
方言も同じなのですね。
昨日のブログにしゅうじさんがコメントの中に書いてくださっていた『おはようありましたのんた』というなつかしい方言を目にして、新幹線より飛行機よりアポロよりはやく、『あの頃』にワープしました。
人間はまだタイムマシンを作りあげていませんが、私たちは心のうちにタイムマシンを持っているのですね。

私の場合、このタイムマシンは、つらい気持ちになる場所へはほとんど行かないようです。
『星影のワルツ』を聞くと、掘炬燵に入って一緒に歌っていた祖母の隣にワープするし、『世界は二人のために』を聴くと、お化粧が崩れるけぇ泣いちゃあいけんよと美容師さんに諭されていた白無垢姿の泣き虫の叔母の隣に私は立っています。
島に橋がかかるまでは、桟橋の職員さんが、船に乗る新婚カップルのために『世界は二人のために』を流してくれて、見送る私たちは紙テープを投げて見送りました。

いつも思い出の中に暮らしているわけではありませんが、私たちはタイムマシンでワープする場所を、心のにいくつも沈ませながら生きているのだなあと思いました

                   (絵、安本洋子さん)(きなこ)

 

 

♪絵をクリックしたら、「のうた」をお聴きいただけます。

 「のうた」は、もちろん、方言の「のうた」のことです。

https://www.youtube.com/watch?v=sKo66bpJ230

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2018年

12月

02日

誤字

来年4月、お花祭りにご縁をいただいている島根県の成福寺のご住職さまから、ゆうメールがとどきました。

あっ!と、ドキドキしながら開いてみれば、やはりそうです!

青い封筒から出てきたのは、月刊誌「御堂さん」でした。

 

「成福寺に、いらしてください」とお声かけいただいて以降、ご住職さまが執筆なさったご本を送っていただいたり、わたしたちのCDをお聴きいただいたりしながら、何度かお手紙やメール、それから1度だけお電話でもお話しをさせていただきました。

そんな中でご住職さまから、

「わたしが「癌を生きる」というタイトルで毎月連載をしている「御堂さん」という月刊誌に、げんきなこのことを紹介してもいいでしょうか」

と、ありがたいお声かけをいただきました。

元気さんがこのブログに書いた「しあわせ量保存の法則」に共感くださって、それを紹介したい、と言ってくださったのです。

 

「掲載は、12月号になります」とおっしゃられていたので、1週間前くらいから、そわそわと待っていたのですが、ついに到着した封筒をあけると、皺のないピカピカの雑誌とお手紙が入っていました。

 

入院先からのお手紙でした。

心配しながらも、でも直筆の文字はいつもと変わらず力強く美しいのに心が晴れるお手紙でした。

「12月号が届いたら、げんきなこに送るから、すぐ持ってきてほしい」、と奥様の坊守さまにお願いしてくださっていた月刊誌を、坊守さまは

「ジャーン、お待ちかねのものを持って来ましたよ」

と、そのためだけに届けてくださったそうです。

「しかし、いまひとつ心が弾みません」

とお手紙は続いていました。

文中に誤字があったそうなのです。

 

私も、「御堂さん」を開いてみました。

げんきなこについてご紹介くださったありがたい文章の最後のあたり、ボールペンで文字が修正してありました。

阿弥陀さまのお働きについて、「普照」、すなわち「あまねく照らす」という意味で、「普」の文字が使われるはずが、別の文字になっていました。

 

恥ずかしいのですが、わたしは「普」という字が「あまねく」と読むと、このたび初めて知りました。

ご住職様が訂正してくださらなければ、誤字だと気がつきもしなかったでしょう。

 

久しぶりに漢和辞典をめくってみました。

あまねく

広く行き渡る

と書いてありました。

 

驚きました。

普通って、あまりいい言葉だと思っていませんでした。

ありふれている。

どこにもある。

平凡な。

そんなイメージでした。

でも、「普通」って本来は、「あまねく行き渡り、届いているもの」という意味なのですね。天から光が降り注いで、すべてを照らすような、そんな素敵な言葉なのですね。

私の中の「普通」の意味が、変わりました。

「普」というはんこを作って、あちらこちらの大切な場所に押したいくらい、いい文字なのですね。

 

長い文章の中の、たった1字。

誤字でなければ気にとめることはなかったし、ご住職さまが訂正してくださらなければ、誤字だとも思わず通りすぎていたでしょう。

ハプニングと誠実なお気持ちのおかげで、素敵な漢字とのご縁をいただきました。

                       (写真、yama-p)(きなこ)

 

♪写真をクリックしたら、「さくら降る」をお聴きいただけます。

https://www.youtube.com/watch?v=lslW9lddNs8&feature=youtu.be

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2018年

12月

01日

海の道

先月の初めに、1年一度の中四国地方の患者会の集まりがありました。

毎年各県を持ち回りしながら開催しているのですが、今年は香川県の患者会のみなさんにお世話になり、水野美邦先生のご講演あり、香川の皆さんの盛装でのハーモニカ演奏あり、もちろんうれしい再会と新しい出会いもありで、今年も心たのしい2日間を過ごさせていただきました。

そこで初めてお出会いした方から、先日お電話をいただきました。

大きな会を開催した後は、体調を崩される方が多いので、体調はいかがでしょうか?とお尋ねしたら、

「はい、やっぱりちょっとえらいんですけど、おかげさまでなんとかやっています」

とおっしゃいました。

え?えらい?!

「えらい」という言葉に驚いて、お体の心配をすることも忘れて

「香川でも、「えらい」って言うんですか?」

とお尋ねすると、

「ああ、そうですよ。立派って意味じゃないですよ。

しんどいって意味です。そちらでも使われるんですか?」

と尋ねられたので、

「そうです、そうです、私のふるさと大島でも、同じ意味で使います」

と、ウキウキしながら申し上げました。

 

げんきなこが作った第1曲目は、ふるさと山口県の周防大島を歌った「島風」ですが、その中に「飯の山が ああ 見えた」という歌詞があります。

それを聴いてくださった方から

「この歌は、香川を舞台にした歌ですか?」

と尋ねられたことがありました。

「飯の山という山が香川県にあって、讃岐富士と呼ばれているんですよ」

と言われ驚いたのは、もう5年ほども前だったと思いますが、その方の話では、香川の飯の山も、山口の飯の山と同じようなおむすび型の形をしているとのことでした。

 

イギリス人が移住したアメリカにニューイングランドがあり、広島の人が北海道に集団移住して作った町を北広島と名づけたように、瀬戸内海を船で行き来していた古代の人々が、どちらかの飯の山の名前をもうひとつの山にも名づけたのでしょうか。

大島は島ですから、どちらかというと香川の飯の山の名前が大島の飯の山になったのかもしれません。

 

大島にしかDNAのルーツを持たない私ですが、話をうかがって、なんだか急に香川県に親しみを感じています。

                   (絵、安本洋子さん)(きなこ)

♪絵をクリックしたら、銀輪をお聴きいただけます。

https://www.youtube.com/watch?time_continue=4&v=avwyn1DYs7s

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2018年

11月

29日

王様の耳はロバの耳

げんきなこは、元気ときなこの2人組の音楽ユニットです。

こんな年になって音楽活動を始めたきっかけが、音楽経験ゼロの元気さんが思いがけずパソコンで音楽を作ったのに私が驚いたということだったので、「2人で」音楽活動をしていることは、わたしたちにとって当然のことだったのですが、げんきなこを結成して3ヶ月目くらいだったでしょうか、声をかけていただいた24時間テレビのディレクターの方から、「歌っているのはきなこさん1人だけなのに、どうして2人でステージにあがっているのですか?きなこさんだけがステージで、元気さんは制作者、という方法もあったと思うのですが。」という質問を受けて、とても驚いたことがありました。

音楽経験のない、こんなおじさんとおばさんが思いがけず始めたことですから、わたし1人がステージに上がるのなら、きっと、していないと思います。

 

来年4月が来たら、げんきなこも6年目を迎えます。

ライブの回数は195回。走行距離は、11万キロ。

いろいろなことがありました。

楽しいことは山ほどありましたが、しょげることもたまにありました。

でも、そんな時にも、二人で愛車「まるきち」に乗って、情けなく愚痴ったり、時にやけ食いもしながら、ああだこうだと話しているうちに、いつしか気持ちも落ち着いて、ま、いっか、次がんばろう!という気持ちになれました。

元気さんもわたしも、それほど強くないのですが、同じ体験をした人が横にいて、後悔も失敗も心のままに言い合えることで、自分だけを責める気持ちから自分を解放できたようにも思います。

言わざるは腹ふくるるわざ、という諺がありますが、つらいこと、心を苦しめていることを話せて、共感してくれる人がいることで、重たい劣等感と後悔に縛られず、心を軽くできたように思います。

 

「王様の耳はロバの耳!」

 

イソップ物語の床屋さんは、自分が掘った穴に思いを叫びましたが、私たちは、お互いを床屋さんの掘った穴のように、穴から跳ね返ってくるこだまのように、いいことも悪いことも話しながら5年を過ごしてきたのかもしれないなあ、と思います。

                     (写真 ジュリエットさん)(きなこ)

♪写真をクリックすると「おとうと~大伯皇女と大津皇子~」をお聴きいただけます。

 

https://www.youtube.com/watch?time_continue=7&v=IBOrPigP5NY

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2018年

11月

26日

素敵なフライパン

患者友達のNさんと電話で話していたら、どういう話からか、

「わたしはとても素敵なフライパンを持っているんですよ」という話になりました。

Nさんのフライパン、上蓋と下蓋が強力な磁石で合さるようになっていて、おまけに片面の底は、波打っているのだそうです。

 

「ネットで見つけて、これだ!と思って買ったのですが、これが大正解。

深めなので、パスタもゆでられるし、ホットケーキを焼くと、波々のホットケーキが焼けて、とっても美味しいんですよ」

いつもゆったりと話されるNさんの声をききながら、私の頭に浮かんだのは、ぐりとぐらのカステラ。

「わぁ、いいですねぇ。昔、ぐりとぐらのカステラにあこがれていましたが、波々のホットケーキもいいですねぇ」

と言ったら、

「ああ、覚えていますよ、ぐりとぐらのカステラ。

わたしもぐりぐらの絵本が好きで、あの本、子供に、よく読んでやっていました。」

「そうなのですか。わたしもよく読んでやっていましたよ。」

「歌のところがありましたよね。そこは、勝手にメロディつけて、歌ってましたよ。」

「え?Nさんもですか?わたしもですよ。

えーと、たしか、

♪ぼくらの名前はぐりとぐら 

この世で一番好きなのは

お料理すること 食べること 

ぐりぐら ぐりぐら ♪

あ、今でも歌えますね!」

 

もう何十年も絵本を開いていないのに、一言一句、ちゃんと覚えているなんて、歌ってすごいな、メロディってすごいな、と感激しながら電話を置きました。

 

その後、Nさんが歌っていたのはどんなメロディだったのだろう、と気になって、メールのついでに尋ねてみたら、

「それが、きなこさんが歌ってくれたのとまったく同じだったんですよ。

驚きました。以心伝心ですかね。」

と返信がありました。

 

以心伝心、と言ったって、Nさんと知りあう何十年も前の話です。

「57577、という短歌の定型は、言葉に力を持たせる魔法の杖」というようなことを歌人の俵万智さんがどこかに書いていらっしゃいましたが、逆に力ある文章も、俳句のように、短歌のように、同じメロディを導くのかな、と思ったりしました。

                             (写真、yama-p)(きなこ)

 

♪写真をクリックしたら、「あけびの実の熟れるころ」が流れます。https://www.youtube.com/watch?v=9Fy5TxG5sJU

 

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2018年

11月

24日

断然、いい

今年も柿をよく食べました。

元気さんは柿が好きなので、季節になると、我が家の冷蔵庫には、いつも柿が入っています。

くるくると柿の皮をむいていたら、サルカニ合戦の物語を思い出しました。

 

カニはサルに、「おむすびは食べたらなくなってしまうけど、柿の種なら、やがて実って、腹いっぱい食べても、また来年実るから、種のほうがいいよ」と言われ、おむすびと柿の種を交換します。

サルがカニを騙したようなこのシーン。

でも、ほんとに柿の種のほうがいいんじゃないの、と、皮を剥きながら、ふと思いました。

 

「はやく芽を出せ、柿の種。出さぬとはさみで、ちょんぎるぞ」

幼い頃、本箱から取り出して、何度も眺めていた昔話の絵本では、カニの親子がそんな歌を歌いながら、地面に埋めた柿の種に水をかけていました。

芽が出れば、「葉を出せ」、と歌い、葉を出せば、「実になれ」、と歌いながら、柿の実りを待つ親子のカニの様子もたのしそうでした。

 

やっぱり、おむすびより、柿の種のほうがいいかも。

 

そんな思いつきを、安本洋子さんに話したら、

「そりゃ、柿の種のほうが、断然いいわよ」

と言ってくれました。

うれしくなりました。

                        (絵、安本洋子さん)(きなこ)

 

♪絵をクリックすると、「蜂ヶ峯~思い出は今もきらら~」をお聴きいただけます。

https://www.youtube.com/watch?v=VlAGpT8XjHs

 

 

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2018年

11月

23日

義父のカーディガン

ずいぶん寒くなってきました。

シャツ1枚だったのが、その下にセーターを着るようになり、数日前からカーディガンをはおっています。

今、わたしが着ているのは、かなり大き目の茶色のカーディガン。

これは元気さんの亡くなったお父さんが着ていたものです。

 

義父が亡くなってしばらくして、元気さんの母は折あるごとに、少し遠慮がちに、「こんなのがあったんじゃけど、着れるのがあったら、着てもらえたらいいんじゃけど」と、義父が身につけていたものを見せてくれるようになりました。

スーツ、靴下、靴、杖、帽子・・・。

義父も元気さんと同じ「せごどん」体型だったとはいえ、元気さんの方が「少し大きいせごどん」なので、全部が全部入るわけではないのですが、たいていは「ありがとうございます!」と言ってもらって帰ります。

きっと元気さんのお母さんは、義父が身につけていたものを自分の手で捨てることができないのでしょう。

 

私は、物をためこむタイプです。

押入れの中には、子供たちが作った工作やよく似合っていた洋服など、今は子供たちさえほしがらないもの、あるいはもう何十年も着ていない私の母が編んでくれたセーターなどがたくさん入っていて、場所を占領しています。

日常にまぎれて、見ることもなく、しまったままの「私だけの宝物」ですが、たとえばもしも母が逝ってしまったら、わたしは一生自分でそれを捨てることができないだろう、と思うようになりました。

両親が元気な今なら、まだきっとできる。

今のうちに、処分しなきゃ。

 

そう思いながら、もういくつも季節が過ぎています。

                            (写真 yama-p)(きなこ)

 

♪写真をクリックしたら、「チカタクネ」をお聴きいただけます。

https://www.youtube.com/watch?time_continue=15&v=KJb_ZaT-m1M

 

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ブログ 「げんきなこ」ただひたすら団扇振りな日々